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 放っておいたら、牙狩りからクラウスとの婚約について打診がきた。誰と? レオとだ。彼女はまだ16歳なのに。
 スイス人のレオはスイスの法によって17歳にならなければ結婚できない。それに18歳未満なら親の承諾がいる。だから、ひとまず婚約という形で預け、レオが18歳になったら結婚を、という話だった。
 馬鹿にするにも程がある。
 後ろめたいことがなければ17歳になると同時に親元に了承を貰いに行けばいいのだ。その手順を避けて18歳まで待つというスタンスに、相手の考えが透けて見える。
 クラウスとレオは抗議をしに牙狩り本部にいって、夕方帰ってきたときには何故か今度はスティーブンがレオと婚約することになっていた。
「ちょっと待て、クラウス。君はレオの自由意思を守りに行ったはずのに、どうしてそうなったんだい!?」
 申し訳ないスティーブン、と謝られるが今回ばかりはスティーブンも折れるわけにはいかない。
「レオもレオだ。嫌なことはもっとはっきり嫌って言いなさい。丸めこまれるんじゃない!」
 そもそもこの2人に任せるんじゃなかった。スティーブンとしては、クラウスとレオさえよければ婚約自体は賛成だ。2人がくっついていれば世界平和への一番の近道だし、もしもスティーブンが2人のことを何とも思ってないなら牙狩りと同じ手段をとるだろう。
 けれどクラウスは尊敬する友人だったし、レオだって謝罪のつもりではないがスティーブが守っていくつもりだった。政略結婚なんてさせたいわけじゃない。
「僕が言ったんです。スティーブンさんならいいって」
 だから、レオが何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「は」
「勝手なことしてごめんなさい。でも、まるめこまれたわけじゃありません」
「なにを……言って……」
 レオは特にいつもと変わった様子はない。クラウスの方は、眉を下げて気まずそうな顔をしてはいるが、それだけだ。
「レオ?」
「僕、スティーブンさんが好きなんです」
 そう言われて、驚いているのはスティーブンだけだった。まるで全員が示し合わせていたみたいな空気。ひやりと体が冷えるようだ、血凍道も使ってないのに。
 眩暈がするようで、スティーブンはソファに腰を下ろした。
「クラウス、ちょっと席を外してくれないか」
 こめかみを押さえながら、床の上を視線がさまよう。ギルベルトを伴ってクラウスが別室に移動し、レオはいつものようにスティーブンの横に腰を下ろした。まるで秋波を送ってくる女性の仕草のよう、どころか、おそらくレオはそのつもりの仕草だ。
「……いつからだ」
「助けてもらった時からです」
「どの作戦のとき」
「作戦じゃなくて、一番最初です。スティーブンさんが、部屋に来てくれる前」
 意味がわからず、スティーブンは首をひねってしばらく考えた。レオの部屋、ライブラの部屋には確かに何度か尋ねたが、一番最初という言葉がひっかかる。
 彼女との3年少しを振り返って、遡って行く、その一番最初。
 レオを閉じ込めていた42番街支部をはじめて尋ねる前、支部から逃げ出した彼女を利用しやすくするために異界人に襲わせて、たまたま通りがかって助けに入るだろうクラウスを王子に仕立て上げようとした。
 結局計画通りにはいかず、クラウスは助けにいけなかったからスティーブンがこっそり異界人を殺した。
 思い至って愕然とした。バレていなかったはずだった。
「知っていたのか」
 彼女はスティーブンに義眼を指さしてみせた。どんなものが見えるのか、いまだに全貌が明らかになっていない神々の嗜好品だ。スティーブンはその凄さを知っていたつもりでいたが、それでもまだ侮っていたのだろう。
「実際会うまでは分かりませんでしたけど。会ったらすぐわかりました、あのとき助けてくれた人だって」
 照れたように笑うレオに、スティーブンは正直失望していた。
 見知らぬ場所で襲われて、恐怖のさなか助けてくれた王子様。少女は王子様に絶大な信頼をよせ、場合によっては恋にだって落ちるだろう。それはスティーブンがクラウスで思い描いていた最初のシナリオだ。
 幼かったレオは、あっさりとスティーブンの策にはまってしまったのだ。それこそ、彼がいつも相手にしてきた女たちと全く同じルートを辿っただけにすぎない。
 スティーブンにとって、これでも特別に可愛がっていたつもりの少女が、ただの女と同じことになってしまった。それも、全て自分のせいで。
「……君はクラウスがどれだけ君のために動いてくれたか忘れたのか?」
「それは、」
 言い淀んだレオに、無性に腹がたってきた。
 彼女に優しくしていたのは間違いなくクラウスだった。42番街支部から連れだし、家族のもとに返し、妹の目を戻すという希望すら与えた。
「僕を選ぶくらいなら、クラウスと婚約したままでいて欲しかったよ」
 レオは黙ってしまって、スティーブンもそれを慰めようとは思わなかった。

 ぺちん、と頬で小さな音がした。レオに殴られていた。細い腕じゃたいして痛くもないが、スティーブンの苛立ちを吹き飛ばすくらいには驚いた。
 レオは唇を引き結んで、泣き声もださずにぼろぼろ涙を流している。震える唇が、なんとか開いても声が出せずにまた閉じて。
「レ、レオ」
「……な……なにっ、も! ……知、しらっない……くせに!」
 ひび割れたように喉につっかえて掠れた声が、必死にスティーブンをなじる。
「僕がっ……なんっ……なんでスティ、ブンさ……好きかもっ、知らな、で! 勝手に……決めんなぁ!」
 レオはそう叫んで結社から飛び出していった。
「レオ!」
 なんでもなにも、助けてくれた時から好きだったと言ったのは彼女なのに。
 混乱する頭をかきむしって、スティーブンは立ち上がる。1人で外に出したことはない。しかも、もうじき日が暮れる。
 今は彼女を追いかけるのが最優先だ。


150824



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