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「スティーブンさん、ココア飲みませんか」
 レオに甘いものを進められてどうしようかとも思ったが、スティーブンは結局数秒で「頼む」と言っていた。甘いものが苦手だが、まぁなんとかなるだろう。お手並み拝見だ。
 なみなみと入れてもらったココアを受け取り、アイス仕様のブラウンの液体をちろりと舐める。
「……甘く、ない?」
 ほのかに甘いが、苦みが先立つ。舌にまとわりつくような苦手な甘さはない。
「スティーブンさんあんまり甘いもの口にしてるの見たことないし」
 ギルベルトが用意したものは一級品が多い。ココアは無糖のものを用意されていて、砂糖もミルクもお好みらしい。
「ありがとう、よく見てるんだな」
 レオがさりげなく用意したマグカップも、普段スティーブンが愛用しているものを間違えずに選んでいる。42番街支部を出て、新しい場所によく馴染んできた。
 ちょうどクラウスが戻ってきた。手に小さな箱を抱えている。
「レオ」
 その箱は、そのままレオの手に渡された。スティーブンがつつきもしていないのに、クラウスがレオに何か用意するのは初めてかもしれない。
 中身はカメラだった。オレンジ色で、レオの小さい手のひらにもすっぽりハマるサイズ感。
「写真をとるのに使ってくれたまえ」
「そりゃあカメラは写真を撮るものだよ、クラウス」
「レオはご家族におくる写真が自分ばかりになってしまっているように思うのだ。せっかく手紙を書くのだから、見せたいものを撮って送ってはどうだろう」
 言われてみれば当然だ。スティーブンには定期連絡でしかなくても、レオにとっては離ればなれの家族との手紙だ。スクールの入学式みたいな1人きりで突っ立っている写真、今日も無事ですなんて味気ない連絡だけで済む方がおかしい。
 だのに、レオはどうしてか逡巡していた。
「写真とか、両親は喜んでくれるかもしれないんですけど、どうせミシェーラは見れないし」
「そのことなら、レオ。我々も妹さんの目を取り戻す努力をしよう」
「クラウス!?」
 取り戻したら撮った写真を一緒に見ればいい。クラウスはあっさりそう言った。レオは目をかっぴらいて義眼をさらし、スティーブンはびっくりする余りちょっと鼻水がでた。
「ここはHL、異界が交差する場所だ。義眼に関しても多くの情報が集まるだろう」
「……そんなことが」
 スティーブンはどう止めようかと頭を働かせるが、クラウスは頑固だしレオは興奮しはじめている。
 義眼と引き換えに失われたミシェーラの視力、それを取り戻すとなれば義眼の契約破棄に等しい。そのリスクを考えると危険すぎる。そもそも義眼なんて伝承レベルなもの、どうにかとかなるとは思わない。
 無駄な期待を持たせるだけ。
「……クラウス」
「諦める必要はどこにもない」
 2人の熱いまなざしに、スティーブンは口をつぐんだ。クラウスはずるい、と何度も思ったことをまた思う。
 クラウスの言葉にレオは顔を輝かせている。


 レオはそのカメラで沢山の写真をとった。クラウスとの訓練風景、ギルベルトとつくった力作のパテ料理、スティーブンと買ったもの。
 たくさん撮られた写真の中で彼女は、手足がのび、生活の一通りを自分でこなせるようになり、スティーブンが誕生日に贈ったシンデレラのように小さいヒールの靴を履けるようになった。
 もはやレオのクラウスに対する信頼は絶大的なものだった。鍛えるために毎日体を触れ合わせているせいか、2人の距離は近く、そしてお互いの呼吸をよく読めていた。
 レオの初めての作戦参加は16歳、クラウスの推薦によるもので偵察だった。近くのビルの窓から、義眼をつかって潜入する建物の間取りと人員の配置の把握する。
 彼女は前もって入手していた図面に警備の位置を書きこんでいき、それどころか準備段階では知りえなかった隠し部屋まで言い当てた。
 まだ早いんじゃないかと危惧したスティーブンをよそに、レオは見事に役目を果たしてみせた。それから数度似たような実践に参加して、時には突入時に敵側の視界を奪う援護もなした。

 極めつけは上級ブラッドブリードの密封に成功したことだろう。

 スティーブンが活動成果の報告に行くたびに牙狩り本部連中の機嫌は上昇していくようだった。
「さすがライブラだ。上手く使えているよ、ミスタ・エスメラルダ」
 笑顔を保ったままのスティーブンは、いい加減に頬がひきつってくるようだった。わざとなのかもしれないが、気に障る言い方をするジジイどもめ。
「義眼保有者は17だったね」
「いえ、まだ16です」
 ジジイはスティーブンの指摘をくだらないことのように、手で振り払う。言いたいことはそうではないらしい。
 顔を寄せて連中同士はなにかを確認するような仕草をする。スティーブンを思い出した目が、もう十分だとうっとうしそうな色を乗せた。
「あー、ミスタ・エスメラルダ。ごくろう。この調子で頼むよ」
 猫を追い払うように手を振られてスティーブンは笑顔で頭を下げる。外に出て扉を閉めて、唾でも吐き捨てる顔で少し立ち止まった。中では何やら話あいが始まるだろう。
 扉にゴムも挟まれていない中途半端な防音なら、スティーブンの耳は音を拾う。
「スイス」
「親」
「18歳」
「相手は」
 だいたいこんな単語が飛び交っている。クラウスの名前も出ているようだ。よからぬことに巻き込まれないようクラウスに釘でも刺しておこう。
 独立をしても本部は面倒ごとをもってくるばかりだ。帰りの車の運転席でスティーブンは「やんなっちまうなぁ」とこぼした。


150824



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