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 クラウスが作った秘密基地は、けっこう面倒な手順を踏まないと中に入れない。
 露店の中をとおり、人通りのない細い路地を通り、入り組んだ道順を通ったあとで、ビルの非常口のような扉から中へはいる。入った先は小さな箱のような部屋で四面全てが扉、すこし時間をあけて日によって変わる扉を正しく選んで、ようやくライブラ基地の一室へと到着する。
 扉を間違えるどころか、道順すら間違うと中にはたどり着けない仕組みになっている。帰りも同様だ。
 スティーブンには呪術はさっぱりだったが、ライブラ基地を出た後で忘れものに気づくと、手順通りに外に出たあとでまた一から手順を踏みなおさなければいけないのが結構面倒だった。
 それもこれもクラウスが張り切りすぎたせいだが、最初の頃はわりと楽しくてストップをかけなかったスティーブンも同罪だ。
 いつも通り、ライブラに入る手順の一番最初を踏もうとしたとき、ぽすんと胸に軽い衝撃があった。出てきたレオと、ちょうどぶつかってしまったらしかった。
「……レオ?」
「こんにちはスティーブンさん」
「出かけるのか? クラウスと? それともギルベルトさん?」
「僕1人です」
「…………」
 スティーブンは盛大に溜息をついて、額に手をおき頭も振って見せた。ちら、とレオを見下ろして、また同じ動作を繰り返す。
「……なんすか」
「危険すぎる」
「体だって鍛え始めたし、目だってありますよ」
「無謀だ。ダメにきまってるだろう?」
 体を鍛え始めたと言っても、まだ基本的な受け身の段階で護身術としては使えないレベルだ。
 42番街支部を出てから彼女はいつもトレーナーにスウェットパンツ。髪の毛は短く癖が強調されるショートカット。一見して少年のようでもあるが、細い鎖骨とまろやかな頬のせいでスティーブンには少女にしか見えない。動作にも隙が多くて、世慣れしてない雰囲気はカモにしやすいタイプだ。
「ちょっと買い物するだけです」
「なにを? 僕が買って来る」
 レオは不満そうな顔を見せたが、すぐに何か諦めたように視線を下に落とした。
「僕はまだ外に出ちゃダメなんですか?」
 彼女はライブラ内でクラウスから体術を習い、ギルベルトから家事を習い、基本的には事務所から出さない。それはルールじゃない、スティーブンの方針だ。
 彼女のつむじをじっとみる。
「――いや、ダメじゃないよ」
 ライブラで彼女を閉じ込めて飼い殺しにすれば、42番街支部と何も変わらない。
「でも心配だから、一緒にいこう。それならいい?」
「はい! ぜひ!」
 彼女はスティーブンを見上げてまっすぐ笑う。
 レオの買い物は、実家に送る便せんだった。クラウスがレオの協力を彼女の家族に説得する際、両親がつけた条件の1つだ。毎日の電話と、週に1度は写真付きで手紙をおくる。
 他にも細かい条件は山のようにあるが、よく承諾をとれたと感心する。9割クラウスの人徳だろうが、彼の顔が引っかき傷だらけだったことを考えると、そうとう揉めただろう。

 スティーブンの予想を覆して、わりあい、レオは無地の便せんをぱぱっと決めてしまった。3分もかかってないだろう。女の子の買い物なのに手早く、それも大衆スーパーなんかで済ませてしまって、スティーブンは帰ろうとするレオに慌てて待ったをかける。
 花柄やパステルカラーに興味を示さず、レオはおそらく買い物の楽しみ方を知らない。
「レオ、妹さんは目が見えないんだろう?」
「……そう、ですけど」
「オルゴール付きの手紙もあるよ。香り付けなんかは香水でもできるけど、文香なら色んな形があって触っても楽しめる。開くと立体的になる手紙もあるな」
「そんなものもあるんですか?」
「うん、だからもっとゆっくり見たらいい」
 妹の話題で少し曇らせてしまった顔が、スティーブンの意図をくんでわずかに紅潮する。
 手を肩に添えるように、今度はスーパーではなく近場の雑貨屋にはいっていく。そこでもやっぱり彼女は色や柄には興味を示さなかった。
 誕生日の歌が流れるオルゴールや、立体式になる結婚式用の手紙なんかを食い入るように見ている。とはいえ用途が限られているから選ぶのは難しいだろう。
(そうそう、そうやって悩むのが醍醐味だ)
 文香の棚にも足を伸ばした。薄い蝋でつくられている色とりどりの花や動物に、鼻を寄せてはほのかな香りを確かめる。
 店で何も買わないまま、さらに次の店、またさらに次の店。歩き疲れてへろへろになったレオを一度喫茶店に連れ込んで、また次の店。
 一通り迷わせた後でまた最初に戻る。
 結局、レオが水色の花と白いうさぎの2種類を手に取ったのは出会ってから2時間も経っていた。
「すみません、付き合わせて」
「うん? 僕も楽しかったよ。でもそうだな」
 その代わりワガママを聞いてくれ。
 コクンと頷いた彼女を連れて今度は服屋の通りに足を向ける。スティーブンはレオの短い髪もだぼついた服装も慣れることができないでいた。たまには女性らしくまたワンピースなんていいじゃないか。
 レオ本人がよくても、時と場にあった様式は大事だ。レオの時と場合、つまり、若さと性別。スティーブンとしては若い子は若い子らしく可愛い服を着るべきだと思う。
 アクセサリーもいいなぁとふっと目線をショーウィンドウに向ける。レオは派手な顔つきではないしシンプルな服装を好むだろうから、カットだけを施されたような大振りなネックレスが似合うだろう。ただ、やはり彼女の好みに合わせて、小さくてモチーフがあるものがいいかもしれない。そのほうが飽きにくく、毎日でもつけられる。
「なぁレオ」
 お前はクローバーとハートどっちがいい?そう聞こうと後ろを振り向いたのに、レオの姿が見えなかった。
 ひゅっと喉が縮む音が小さく響く。
「レオ!?」
 着た道を慌てて戻るが、脇道が多くていちいち覗いて回る。ガラの悪い連中が誰かを囲んでいるのをみれば飛び込んでいくが、ただの他人を助けてばかりだ。
 はぐれた場所から離れすぎると更に望みが薄くなると分かっていても、スティーブンはあたりを走り回った。
「クラウス! まずい、レオとはぐれた!」
『落ちつきたまえ、スティーブン』
「もっと焦るべきだろ!? HLだぞ、今だってどんな危険な目に……」
 スティーブンには瞬きの度に瞼に異界人にのしかかられるレオの姿が浮かんでくる。頭から血を流して、黒いワンピースの下から白い下着が引きずりおろされて。
 だってクラウスは知らないだろう。スティーブンがあの子にどんなことをして、怖くて痛い思いをさせたか知らない。
 部下にも連絡をいれて探させないと、そのためにクラウスとの電話をきらないと。
『スティーブン、ひとまず落ち着くんだ。レオが見つけてくれる』
「見つけて、って……まさか目を使ってか!? 街中でそんなもの使ったら」
 言い募ろうとした矢先、背広を引っ張られた。慌てて振り向くと、レオがなんでもないような顔をしてスティーブンの服の裾を握りしめている。
 携帯を握りしめたまま、レオの肩に手をおく。上から下までながめて、後ろも確認するためにひっくり返す。
「スティーブンさん?」
「怪我はないのか?」
「ありません……えっと、心配かけちゃいましたね……」
「怖いことは」
「ありません」
 額に浮かんでいた汗をぬぐって、ひとまずレオの肩をだく。
「クラウス、悪い。見つかった」
『何事もなくてよかった』
 冷静になってみて、クラウスの声音の違いにようやく気付いた。彼が心配してないはずないのに、スティーブンの慌てっぷりにまず落ちつけようとしてくれたのだろう。
 買い物をやめて、今日はもう帰ろう。
「でもまぁ携帯は買わなきゃな」
「携帯?」
「そう、レオの。僕とクラウスとギルベルトさんを短縮に入れてGPSつけよう」
「え、いやGPSとかちょっと」
「GPSつけよう」
「……うっす」
 スティーブンは有無をいわさぬ気迫で笑った。


150824



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