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 クラウスの無茶な頼みごとをきくのに、スティーブンはあちこち走りまわった。惑わせておいた42番街支部の事務女からもありったけの情報を引き出した。
 レオの待遇に関する資料を集め、手札を増やして、本部の痛いところと妥協点をくすぐる。
 少女の身体的拘束にくわえて、本人と保護者の了解を得ていなかったこと。拘束中にコミュニケーションをとらず、会話も一切なかったこと。年齢的に必要な教育すらしてない。対してクラウスはレオとその両親から了解を得ている。スティーブンを使いにやり、物的な支援をし、2年交流を続けている。なにより、その2年間レオが脱走したことはない。
 本部のだめっだめな子供の扱いを責めて、責めまくって、あぁでも君らは世界平和のために心を鬼にしたんだよなって同情して理解をしめし、それにしたってやっぱり鬼畜だ、とまた責める。
 クラウスとスティーブンは今までどおり任務を受け、義眼をいずれ役立てることを約束に、3人分の独立を勝ち取ってきた。

 クラウスが金に物をいわせて作り、呪術をしこみ、子供が憧れる秘密基地にも似た事務所に、スティーブンはようやっと足を踏み入れた。
 くったくたで髭もそっていないし昨日からシャツも変えてない。目尻も口角も肌が少し乾いてカサカサしている。
「クラァーウス、いるか……やったぞ。これで晴れて君の秘密結社はスタートでき…………」
 扉をあけて、スティーブンは久しぶりに見たレオに目をひんむいた。
「レオ……髪をどうした? 誰にやられた? せめて慰謝料くらいはたんまり取ろう。あぁ服もだ。いつものかわいいワンピースはどうしたんだ?」
 2つに結ばれていた猫っ毛は短すぎるほどに切られて、センスの悪いトレーナーにオーバーサイズのズボン。
 けれど足元からスティーブンのあげた香水がふわりと漂ってくる。少年のような見た目に、アンバランスな香り。ミドルノートのローズの香りが女性らしさを強調してるのは、きっと好きでそんな恰好をしているわけではない証拠に違いない。
 牙狩りがレオに腹いせでもしたんだろうか。それともまた外で辛い目にあったのか。
「クラウス、なにがあった。誰がこんな酷いことを」
「……スティーブン」
「女の子の髪を切るなんて。怖かっただろうレオ」
「……スティーブン」
「もう大丈夫だ。クラウスも僕も君を守って見せるから」
「………慰謝料はどれくらい払えばいいだろうか」
「何を言ってるんだいクラウス?」
 体を小さくして汗をとばすクラウスに、レオはぴったり寄り添っている。すまない私のせいだ、いいえクラウスさんのせいじゃない、やりすぎたのではないか、僕は感謝してます。そんな内容を囁き合っている。
 2人は同時に、申し訳なさそうに眉を下げてスティーブンの顔色を窺った。
「僕の髪と服は、クラウスさんが……僕のために、というか……」
「外に連れ出すのにそのままではまずいので……その……髪と服を……」
「でも! おかげで家族に会えました!」
「本当に申し訳ない」
 スティーブンは、声もでないまま両手で顔を覆った。レオを連れ出しただけでもかなり無茶をしたと思っていたが、予想以上にクラウスは突飛な行動をとっていたらしい。
 2人はお互い庇いあいながら叱られている生徒のようにおろおろしている。
「じゃあレオはその格好……嫌じゃないんだな」
「うーん、そっすね。もともと僕故郷ではショートカットにズボンでしたし、こっちの方がしっくりくるっていうか」
 いまだ顔は上げられない。
 クラウスは、兄に間違われることが多かったのはそれでだね、なんて確認をしている。2人はスティーブンが知らない話をする。
 スティーブンが忙しくしていた間に、随分親密になって、スティーブンのこの2年をついやした狙い通りの事態ではあるが、それでもこんな予定じゃなかった。
 なんでいきなり仲良くなってるんだ。
 最初はレオも実物のクラウスを怖がるだろうが、時間がたてば懐くだろうとは思っていた。クラウスだって、最初は慣れない年下の少女相手に困るだろうが、彼は人懐こい男だからそのうち親身になるだろうとも思っていた。
 その『最初』はいったいどこにいった。
 顔をあげたくない。なんでこんな情けない気持ちなんだろう。
「……僕が勘違いしただけで、レオは別に不満もなければ、クラウスにも悪気はなかった。そういうことだね?」
 2人はyesすらハモって答える。面白くない、正直そう思った。
 それでもスティーブンは腹をくくって笑顔を披露して、なんだそうだったのかと笑い飛ばしてやる。どこか奥にあるスイッチを切り替えれば、胸に渦巻くものなんてすっと冷やすことができる。
「じゃあ、秘密結社は今日から無事にスタートだ。初ミッション、3人で結社の名前を考えよう」
 そう言うと、クラウスとレオは頬を紅潮させて張り切りだした。クラウスは貴族ゆえまじめに育ったせいか、大人になっても子供っぽいものが好きだったりする。まだ子供のレオは言うまでもなく。
 2人はそっくりな反応で、思いつく限りの名前を出してはスティーブンに却下され続けた。クラウスとレオは息ぴったりだった。

 そうしてついた名前は、ライブラ。天秤座。神話では正義を測る天秤であり、ひときわ明るい星を3つ持つ星座だ。


150824



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