4


 スティーブンが42番街支部にやってくるようになってから、レオは脱走しなくなった。それがどういうことかといえば、スティーブンの目論見に一歩ずつ近づいている、ということだ。
 クラウスとパートナーを組み、戦闘の前線で義眼を使う。春先になってそういう話が具体的になっているのを、当事者のクラウスは知っていた。
 義眼保有者の少女にスティーブンが心を割いているのは知っていたし、気にかかることもあって会いにきたのだが、いざ42番街支部に訪れてみてクラウスは途方に暮れていた。3階が彼女の部屋だとは知っていたが、プライベートのないガラス扉にまず戸惑った。
 ノックをして少女を呼びだしてみたものの、ドアは中から開けられないらしい。1階で鍵をもらってきてくれ、と言われて更に戸惑った。
 指示通り鍵を受けとってドアをあけると、レオは快く中に招き入れてくれた。
「はじめまして、私は」
「クラウスさん! ですよね。スティーブンさんの親友の」
 スティーブンが自分をそんなふうに紹介していたことにクラウスの厚い胸の内側がほっこり暖かくなる。
 レオは木をありがとう、ゲームをありがとう、とクラウスがスティーブンに言われて用意していたプレゼントにも礼を言った。
「クリスマスには本物のモミの木を用意しようとしてくれたって聞きました」
「む、しかしスティーブンに怒られてしまって」
「だってもう荷物すごかったですよ」
「それはすまないことをした」
「でもクラウスさんにどうしてもやれって言われたら、スティーブンさんモミの木だろうがなんだろうが本当に運んじゃってたかもしれませんね」
「そうだろうか」
 クラウスの知るスティーブンはそんなに無茶なことをする男ではない。クラウスと平和のために戦ってきた戦友で、よく周りが見えなくなるクラウスに冷静さと的確さを与えてくれる。突拍子もないことに弱い一面があるが、状況把握と判断力はずばぬけている。
 モミの木の件だって、実際クラウスを諌めている。クラウスがごねたからと言って彼が意見を覆すことがあるだろうか。
「なぜそう思う?」
「スティーブンさんからいっぱいクラウスさんの話を聞きました。どの話でも、スティーブンさんが諦めようって思うときは、だいたいクラウスさんが『諦めない』って言うんです。それでスティーブンさんは、ほんとに諦めるのをやめちゃうんですって」
 言われてみればそうかもしれない。
 クラウスは頑固だ。周りが折れるまで我を張ることが多く、自分でもその欠点はよく分かっている。何度も「お前の話は理想論だ」と馬鹿にされたが、スティーブンだけは「お前はずるいやつだ」と付き合ってくれた。
 思い返せば、クラウスが正しいと主張するワガママを、彼はいつも許してくれている。もはや理性でどうこうできることではなく、スティーブンはきっと無意識にそれをやってしまっている。
「スティーブンは、すごい男だな」
「優しい人です、とっても」
 クラウスは、スティーブンのことをこんなふうに話すレオをとても好きになれた。スティーブンが気にかけていただけあって、いい子なのだろう。
「ところで、何か動物を飼っているのかね?」
「動物?いえ、特には……」
「そうか……扉に動物用の出入り口がつけられていたもので、少し楽しみにしてしまった」
「あれは動物用じゃなくて、僕のご飯を外の人が入れたり出したりする……」
 突然クラウスの体が一回り大きくなり、熱風が爆発した。真っ青になったレオに目もくれず、クラウスはゆらりと立ち上がる。
 もともと気になることがあってレオを尋ねてきたが、42番街支部に顔を出してからそれはどんどん膨らんで、今確信に変わった。
 クラウスの体はもはや怒りで震えている。
「レディ、私は決めた」
「はい?」
「こんなことを、断じて許すわけにはいかない」
「……はい?」

 クラウスの行動は迅速だった。小さなボストンバック(彼の体だとハンドバックにしか見えない)から、服とハサミを取り出すと、有無を言わさずレオの首にタオルをまいて髪の毛をばっさりと首が出るほどに切ってしまった。
 体についた髪の毛をはらって、次には着替えを差し出した。モノトーンで、着替えてみると少しレオには大きいサイズだ。その代わり体のラインは大幅に誤魔化されている気がする。
 まるで少年のようになったレオを確かめて、クラウスは最後に外套をとりだした。時期からすこし外れているが、霧深く肌寒い日にはまだアウターを身につけている人もいる。問題にはならない程度だ。
 クラウスは外套をはおると、すっぽりとその中にレオを隠してしまった。
「あの?」
「さて、行こう」
「どこに!?」
「そういえばレディの出身はどこだろうか」
「……スイスのツェルマットですけど」
「ならばそこへ」
 レオが事態を全くつかめていないうちに、あれよあれよ。クラウスは42番街支部からレオを連れ出して、あまつさえ飛行機にのってHLどころかアメリカまで飛び出してしまっていた。
 レオにしても、こんなに大それて本格的な脱走は初めてのことだった。


150810



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