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 第2回のお土産は、マカロン(事務に)、ドーナツ(レオに)、それと片手で持てるくらいの小さな木の鉢植え。クラウスを少しつついて用意させた。義眼保有者に会いに行くから、お土産を。11歳で親元から離されて寂しいだろう、慰めになるものがいい。そこで観葉植物を選ぶ辺りがすこしずれてる気もするけど。
 事務室にマカロンをわたして、この前はつけてなかったネックレスを誉めてやる。鍵をうけとって3階に。
「やぁレオ」
「すごい荷物ですね」
「うん、君に。紅茶もいれてこよう、ちょっと待ってて」
 一旦荷物を置いて、今度は2階に。クラウスの執事、ギルベルトの指南を思い出しながら紅茶を淹れる。部屋に戻ると先にお土産をみていたレオがパッと笑顔で振りむいた。
「ドーナツ!すごい美味しそうです!」
「好きだった?」
「ていうか、お菓子なんて久々で」
 前回、花とお菓子を逆に渡すべきだったかもしれない。花は窓辺のコップに飾られていたが、クラウスの植物たちを見慣れているスティーブンには、レオが花の世話が得意でないのだろうことがわかった。
「こっちはガジュマルの木。まぁ頑張って世話してよ。日当たりのいい所に置いて、水はたっぷり。土を湿らさないようにするんだってさ。1日1回は霧吹きもするといいみたい」
 小さなジョウロと霧吹きもセットで渡す。
 レオはさっそくドーナツにかぶりつきながら、こくこく頷いている。
「食べながらきいてくれ。前回の続きだ」
「食べてるときにグロッキーなのはイヤです」
「今日は死人の話なんてしないよ。吸血鬼の倒しかたについてさ」
「聖水とかにんにくとか?」
「聖水は使うけどニンニクは嘘だよ。お互い臭いだけ。第一、吸血鬼は不死だから、それくらいじゃ倒せない」
 何百年という年月、心臓に杭、銀の銃弾、灰にする、様々な方法がとられたが、どれも吸血鬼を殺すには至ってない。再生を遅らせているだけ。現代でもそう、行動不能にしてその状態をなるべく長く維持するのがベストだ。
「そこで期待を集めてるのが、クラウスってやつ。僕の親友なんだぜ」
 流派、肉体、全てを極限まで高めた一騎当千の戦士。クラウスは、相手を行動不能にするという一手に関して、非常に強力なカードを持っていた。
 あとは、継続時間。そのために真名が必要だ。
「君にはやつらの名前を読んでほしいんだ」
「名前?」
「吸血鬼っていうのは鏡にうつらない。光学レーダー、温感センサー、全部だめ。そこにいるのに、観測上はいないんだ。そういう不確かな存在っていうのは、名前で定義づけることで実体に近くなる」
「よくわかんないです」
「つまり、なんとかさーんって名前を呼べたらリーチかけられるってこと」
 クラウスとレオがそろえば、吸血鬼達に対して最強のカードとなる。
 レオは、最後のひとかけを口にいれながら、少し考えるそぶりをした。あえて言わなかったが、真名を読むためには彼女に前線に出てもらわなければならない。この子だって馬鹿じゃなければそのあたりは察しているだろう。固い顔をしている。
「君はクラウスとパートナーを組むことになる。クラウスは絶対君を守ってくれる。あいつは君を危険な目にはあわせないよ」
「でも、そのクラウスさんとやらは吸血鬼を倒しにいっちゃうんでしょ?」
「クラウスと君の2人だけで戦わせるわけないじゃないか。クラウスが手いっぱいになってても、僕もサポートにつく。こう見えて強いよ、僕」
 意外だったのか、肩をすくめてみせたスティーブンにレオが小さく笑った。すこし強張りが溶けたようだった。
「スティーブンさんは強いって言うより、優しそうなのに」
「クラウスはもっと優しい」
 君へのお土産は全部クラウスからだよ、と教えてやる。そう教えるために、クラウスからもお土産を用意させた。
 レオは少なくとも任務には前向きな検討をしてくれているようだった。重要な案件で、自分にしかできない仕事、そういうのに人は使命感をもつものだ。特に幼い人間は、そういうシチュエーションに酔いやすい。

 スティーブンは最低でも2週間に1度レオのもとに通った。いつも1時間ほど訪れて、クラウスの事を教えこんだ。
 クラウスの写真をみせ、クラウスの美談を話し、ときにはクラウスのおちゃめな一面を教えてやった。
 スティーブンより背丈が大きいし、笑ったら怖い。犠牲者が何十人と出るような難しい任務で、彼が一歩も引かず皆を守り通したこと。動物や子供が好きなのに、顔が怖くて泣かれるから植物を相手にしていること。あと女の子には彼がお貴族さまだというのもポイントだろう。
 1年半かけて、スティーブンは自分の知る限りのクラウスをレオに教えた。毎回腕に“クラウスから”のプレゼントを携えて。その間にレオの髪は背中の真ん中まで伸びて、あいかわらず2つに結ばれた髪はふわふわとしたボリュームをだすようになっていた。変わらないのはワンピースと、ぼろぼろのシューズ。




 クリスマスにも、スティーブンはレオのもとを訪れた。ビックイベントだから山のようなプレゼントを抱えていたが、それでも事務の女性にはいつものように花を渡す。
「前の口紅もよかったけど、今日のもとってもセクシーだね」
「もう、スティーヴ。それよりクリスマスまで仕事なの?」
「君に会うんだから半分はプライベートだよ」
「じゃあ、今日は仕事を早く終わらせることってできる?」
「誘惑しないでくれよ。できないから今花を渡してるのに」
 親密度の加減を調整しながら、スティーブンは誘いをかわして3階へ急ぐ。とっととこの大量のプレゼントをレオに渡してしまいたかった。今日は長丁場になるだろう。
「わっ! なんですかそんなに!」
「全部君にだよ。クラウスがぜひツリーをって言ってね、持たされた」
「すげー!」
「クラウスったらモミの木1本まるまる用意してきたんだぜ。いくらなんでも無理だって断わった」
「あはは! クラウスさんらしい」
 会ったこともないクラウスを、レオはまるで知っているかのように話すようになった。いい成果だ。
 モミの木のかわりにもらった組み立て式のツリーを2人で組み立てる。スティーブンより小さいツリーでも、レオよりは大きい。上の方の飾りをつけるのはスティーブン、下はレオ。
「スティーブンさん、星つけて」
「よーしまかせろ」
「うひゃあ!」
 星をうけとる素振りをして、レオを抱え上げる。星の飾りは一番心うかれる飾りだ。
「ほらつけて」
「……ありがとうスティーブンさん」
 クラウスのプレゼントにはツリーのほかにホールケーキも入っていた。小さいサイズだとはいっても、2人でホールはさすがにきつい。顔をひきつらせたスティーブンとは対照的に、レオは目を輝かせている。
 2人でひとつのケーキをフォークでつつきながら、クラウスのプレゼントをあけていった。テディ、ゲーム機、ソフトが3つ、お菓子の詰め合わせ、日記帳、オルゴール、香水の小瓶。
「香水ってどうやってつけるんですか?」
「シーンと香りの立て方によるな」
 強く香らせたい時は体温の高い場所、長く香らせたい時は少し体温が低めの場所。例えば、と言いながらスティーブンはレオの鎖骨に指を這わす。
「基本的には1〜2プッシュ。つけてすぐより、30分後くらいから匂いがなじむ。首や胸は匂いが少し強くなりすぎるかな。手首だと程よく長持ちで、動くたびに香りがたつ」
 肩を通って腕から手へ、手首の血管が見える内側を親指でさする。
「立つならウエスト、座っているなら太ももが香りをアピールできる。歩くなら膝裏、足首。女の子ならハンカチやスカートなんかにつける人もいるね」
「どんな香りなのかな」
 スティーブンはケーキにつかないよう、自分のハンカチにひとかけ香水をふりかけた。トップの香りのレモンベースがシトラス系で爽やかにかおりたつ。時間がたつとこれがローズ、ジャスミンの軽やかな甘さにうつり、ラストにはバニラが名残を引き立てるようになっている。実を言うと、スティーブンがクラウスのプレゼントに混ぜた香水だった。
「気に入るかな?」
 ハンカチを渡してやる。
「いいにおい。ありがとうございますスティーブンさん」
「クラウスに言っておくよ」
「ケーキもすごく美味しかったって伝えてください」


150810



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