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 数日をおいて42番街支部に顔を出すことにした。手には小さな花束とお菓子。
 42番街支部は、ほぼ義眼保有者を隔離するためだけの施設だ。3階建の小さなビルの3階部分まるまるが保有者の少女の部屋として割り当てられている。2階にキッチンや道具置き場、宿直用の部屋。1階に書類手続きや情報を総括する事務室。
 スティーブンは受付もかねている事務の女性ににこやかに笑いかける。お菓子はここで渡して彼女らの仕事をねぎらってやるのに使った。それだけで彼女の中でスティーブンの高感度はもうあがっている。
 鍵を受け取って3階へむかう。階段の最上段、部屋と階段を区切る扉は中がよく見渡せるようにガラスでできていて、下のほうに猫用入口がついている。
 窓に鉄格子がついた部屋で、子供はベッドに寝そべっていた。今日は左肩に深緑のリボンがついた白いワンピース、ぼろぼろのシューズにつつまれた足が宙で揺れていた。
 シーツに埋もれた小さな声で、ティンクルティンクル、歌が聞こえる。きらきらひかるお星様。あなたはとっても不思議ね。
 短い童謡を歌い終わるのを待ってドアをノックすると、子供が飛び跳ねてふりむいた。
「うわ!」
 鍵だけをあけて待つと、慌てて出迎えてくれる。
 はじめて正面から見る彼女は、スティーブンの腹までの背しかなくて、頬はまだ紫色をしていた。義眼は目を細められているせいで見えない。
「……こんにちは、お嬢さん。僕はスティーブン・A・スターフェイズです」
「レオナルデ・ウォッチです」
「そう、レオ。よろしく」
 いつも女性を相手にするのと同じ調子でにっこり笑ったが、子供の相手には慣れてない。まだ幼いと痛感したばかりの子を相手に、女性扱いしてる自分がとんでもなく犯罪者みたいだった。無駄にイケメンで逆に困る。もってきた花束を渡すタイミングがさっぱり測れない。
「義眼をもったすごい子が来たって聞いてね、ちょっと来てみたんだ。僕も牙狩りだよ、流派はエスメラルダ」
「えっと……」
 スティーブンの自己紹介に、彼女は困惑した顔をみせた。
「あなたもゴーストバスターですか?」
「……え?」
「あの、だって、“僕も”牙狩りって」
「……もしかして、ゴーストバスターだって聞いてる?」
 彼女はますます困ったように首を傾げた。
 スティーブンは花束をレオに押しつけると、踵を返して勢いよく階段を下りていった。2階まで降りて、少し迷ったあと結局また2段飛ばしで3階へ戻った。事務の女性に文句を言ったところでどうしようもない。
「あの、この花」
「君にあげる。それより僕から牙狩りの説明をさせてくれないか。たぶん、あまり聞かされてないんだろ?その、ゴーストバスターについて」
 彼女は押し黙って、スティーブンの頭の先から靴の先までをじろじろ眺めている。
 視線が痛いし、スティーブンも頭が痛い。エレメンタリースクールを卒業してるような年齢の子に、ゴーストバスターだなんて。素人は似てると思うかもしれないが、全然違う。そんなお粗末な説明しかされてなくて、2年の間に何度も脱走するはずだ。
「あの、いい加減言おうと思ってたんですけど、僕はもう13歳です。サンタもハロウィンも、そりゃぁフリはするけど、もう信じてません」
「あー、いや、うん。そりゃ当然だ。僕たちの仕事はゴーストバスターみたいなものっていっても退治するのは“お化けゴースト”じゃないんだよ」
 説明は長くなる。中に入れてもらって、スティーブンはソファに腰掛けた。後に続いた少女が、向かいではなく隣に座る。まるで秋波を送ってくる女性みたいな仕草が、そんなつもりがない彼女の子供らしさを余計に強調するようだった。
「そもそもゴーストなんてものは存在しない」
「知ってます」
「だから、僕らがやっつけてるのは実体がある化け物の方」
 バジリスク、ユニコーン、そういった幻獣や、ピクシーなどの精霊の類。
 この時点で少女の顔が疑いに歪んだが、彼女に否定されるのはおかしい。
「レオも神族になら会ったことあるはずだろう」
 目元を指し示すと、彼女は承服するのが腹立たしいと言うようにますます口をへの字にしてみせる。
 溢れるほどの怪異の中でも、牙狩りは特に吸血鬼を討伐対象に定めている。その歴史は魔女狩りよりも前から長く続いている。それはつまり、それだけの犠牲があったということに他ならない。
 1体の吸血鬼をしとめても、100人の犠牲がでる。どんな事件があって、どれだけの人間がどういうふうに死んでいったか。全てを詳しく説明はしなかったが、かいつまんで1つ1つ教えていく。
「……それ、僕となんの関係があるんですか」
「うーん、そこもノータッチか」
 本部はいったいどうやってこの子を連れてきたんだろう。首をかしげずにはいられない。当時11歳なら親だって手離しがたく思っただろうに。
「それは次にしよう。ちょっと長居しすぎた」
「次、ですか」
「うん、またくるよ」
 2回目の約束をして、その部屋を後にした。事務の女性にも挨拶をして出ていく。

 総評として、彼女はスティーブンを見ていない、とスティーブンは判断した。正直、見られていたら非常に困っただろう。襲われている子を眺めていただけなんて、言い訳に苦しい状況だ。
 スティーブンの瞼に、異界人にのしかかられる彼女がフラッシュバックする。
(よかった)
 見られていなかったのなら、今日からやり直すだけだ。彼女がクラウスの役に立てるよう、クラウスへの憧れと信頼を植え付けて、あの子をクラウスのものにしてしまおう。


150810



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