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 グラスを高く掲げて音を鳴らす。
 簡易的な空間編成術で外界から切り離された個室で有名な居酒屋で、レオナルドの歓迎&帰還おめでとうパーティーが行われた。時期がおそくなったが、ツェッドのときだって歓迎会は何カ月も後に新年会といっしょくただった。
 レオナルドの経歴はどう考えてもファンタジーそのもので、本人には各方面からツッコミがくるかもしれんと釘をさしていたが、心配は無用だった。みんな好きに飲んで勝手に騒ぐ。やつらには今日がどんなパーティーなのかどうでもいい、酒があればオールオッケー。
 ツェッドもはじめの方は普段やっている大道芸を披露していたと言うのに、最終的には酔った勢いでザップに乗せられて、斗流血法応用・逆さ泡鉢までやってみせた。顔の周りに血の膜をはり水をとじこめる技だ。
 レオナルドもゲラゲラわらって騒いでいる。スティーブンは若いやつのノリにはついていけなくとも、雰囲気にのまれて一緒に笑った。
「少年、カメラもってるだろ。あのツェッドの写真撮っといてくれ」
「了解っす! ツェッドさーん、こっちむいて! ついでに長寿と繁栄のポーズで!」
 リクエストに答えて、ツェッドは両手をあわせて顔もより真顔にしてみせる。これがまたウケた。
 スティーブンも、長寿と繁栄なんて上手いこというじゃないかと腹を抱えて笑わせてもらった。
「上手に撮れた?」
「これでも記者ですからね、ばっちりっすよ」
「その割に全く写真とってないじゃないか。データが送られてきてないぞー」
「だってスティーブンさん見るでしょ」
「見るよ。ザップとの下品なメールばかり毎日見せられてる。AVの1つでもダウンロードしたらどうだ」
「それセクハラっすよ!」
 しばらく騒いでいると、一発芸を交代したツェッドが、写真をみにきた。喧騒にまぎれてしまいそうな声でツェッドが呟く。
「長寿と繁栄のポーズってザップ先輩が言ってたやつですよね」
「しまった、ザップのネタに笑っちまったのか僕は」
「スターフェイズさんは知りませんでしたね。ボンベがとられて、皆さんが取り返してくれたときです。こっちはすごい心配したし真剣なのに、あの人満身創痍のくせ爆笑してて――――レオ君も、あのとき居てくれたんですね。ありがとうございます」
 レオナルドの顔が真っ赤になった。不意打ちの、それも本人は覚えてないと思ったことでお礼を言われて、わかりやすく照れている。
(よかったなぁ、少年)
 ツェッドも嬉しそうだが、酔ってるからかスティーブンまでなんだか嬉しくなってしまった。
「ほーら少年。カメラかせ。ツェッドそこに並べ」
「えっえっ」
「1+1はいくつだ〜?」
 反射的にポーズをとった2人を納めると、今度はザップが混ざりに来た。構われたがりめ、しょうがないから3人を撮る。なんだかしっくりくる顔ぶれだった。突然ザップの頭を踏みつぶしてチェインが現れ4人、絡み酒のK・Kが加わり、パトリックが乱入して、人数がどんどん増えてくる。
「おいおい入らないじゃないか。クラーウス、ついでだから君もこい。リーダーは真ん中だ。ザップよけろ」
 人数が増えるごとにシャッターをきるたび、戸惑っていたレオナルドの顔もほぐれていく。カメラを返してやるころには、にこにこと笑顔が取れなくなっていた。
「パソコンに届いたのは明日にでも印刷してくるよ」
「スティーブンさん」
 手招きされるまま隣にすわると、レオナルドはぴったりとくっついてきて、自分たちに向けてカメラを構えた。笑顔を向けると、フラッシュが光る。レオナルドは照れ臭そうだ。
 どこにいたのかソニックが頭に飛び移ってきて、スティーブンは「もう一回」と今度はスリーショットのお願いをした。
 ふと首をかしげる。
「なんだか僕は君にもう一回ってよく言ってた気がするなぁ」
 思ったことをそのまま言っただけなのに、レオナルドはどうしてかまた真っ赤になっていた。




 家に帰ってパソコンを起動させると、今日のデータが送られてきていた。
 メールの内容はいつも通りザップとのやりとりと、今日の飲み会の場所の確認など。カメラのデータも、写真を新着から遡って行く。どんちゃん騒ぎ、レオナルドとソニックとスティーブン、集合写真、ツェッドの一発芸まで。
「ん?」
 長寿と繁栄のポーズより前に、まだ写真が入っていた。
 そこにはレオナルド自身が映っていた。おおきいTシャツにパンツだけでくつろいでいる。後ろからのアングルで、本人は撮られていることに気づいていない。背景は、スティーブンの家のリビングだった。
 スティーブンは最初の出会い以外で家にレオナルドを招いたことはない。
 日付をみてさらに驚いた。レオナルドがスティーブンの家に盗みに入るよりも前の写真だ。おそらくは、世界が書き変わる前。
「データが復活したのか?なぜ……いや、まさか新しいのを受信したからか?」
 思えば、知り合いだったことを確かめるため、スティーブン、クラウス、ザップは、レオナルドからの着信でアドレスの有無を確認した。逆に携帯のアドレスから探したチェインはレオナルドの名前を見つけられていなかった。
 レオナルドが仲間だった痕跡は、もしかすると残っていたわけじゃない。データの送受信で復活したものだ。ギルベルトが確認したという給与データも、事前にレオナルドがATMにでも寄ったんだろう。
 クリックを続けていけば、スティーブンの写真もでてきた。場所は寝室のベッドだろう、寝顔だった。次はぐっすり寝てるレオナルドに顔を寄せたスティーブンの自撮り、スティーブンの寝相、キッチンに立つレオナルドの後姿。
 スティーブンとレオナルドの写真は交互にでてきた。どちらも本人に気づかれないように撮っている。
 いや、おそらく写真に写っているスティーブンは気づいていた。だからレオナルドのカメラで勝手をしてる。写真はパソコンに送ってカメラの方を消去してしまえばレオナルドに気づかれることはない。
 たぶん、そうやって写真を送ってたから今パソコンにデータが復活している。
「そうか、恋人って俺だったのか」
 彼が恋人については話したくない、と言っていたのを思い出す。あのとき素直に告白されていたら、きっと酷いことを言っていただろう。そして彼がスティーブンの家のカードキーを持っていた理由も、よくわかった。どうしてカメラを撮りに来たのかも。
 彼はスティーブンの写真をたくさん撮っていた。
「まいったなぁ」
 自分が誰か特定の1人を選んでいた、というのが不思議だ。彼が義眼をもっていたから、利用していたんだろうか。可能性はなくはないが、それはあまりに悪手だ。そういう写真にも見えなかった。
 記憶が消えてしまったなんてもったいない。


150728



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