ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 62-マフラー


知らぬ間に、どこかで服をひっかけていたらしい。

ナツに指摘された時には菊丸のTシャツの裾からは糸が長く垂れていた。



「わー、気づかなかった!」
「ハサミで切っちゃっていいですか?」
「うん、お願い」



人通りの邪魔にならないように廊下の片隅に寄り、ナツはハサミを取り出した。

ぷつん、と綺麗に切られた糸。

興味深そうにそれを眺める菊丸に、ナツはわずかに首をかしげる。

この糸に何か意味があるのだろうか。

菊丸を見つめる視線に気が付いたのか、彼は少し照れくさそうにはにかんだ。



「にゃはは、俺よくこういうの引っ掛けるんだー。服がどんどんほつれてくわけ」
「あ、じゃあ冬は要注意ですね」
「なんで?」
「セーターとかマフラーとか、毛糸で出来たものが多いですから」



引っ張れば引っ張るほど、どんどんと出てくる毛糸。

気が付いたときには裾が短くなっていた、というのもよくある話。

ひとつの場所にじっとしているよりも動いていたい菊丸にとって、これは大問題だ。

今年もまた、マフラーを買いなおすことになるかもしれない。

毎年いろいろなところに引っかけてしまい、ほつれていってしまうのだ。

Tシャツの裾の糸を掌の中に収めてから、菊丸はため息をついた。



「マフラーも意外と高いから困るにゃ」
「うーん、作ったらどうですか?自分で毛糸から作ってみたら、案外安く作れるかもしれません」
「えーっ、俺そんな器用じゃないよ!」
「…たしかに菊丸さんはそういうタイプじゃなかったですね」



手を添えてくすくすと笑う彼女につられて、菊丸も吹き出してしまう。

自分が毛糸を少しずつ編んでいる姿なんて、まったく想像できない。

同じ場所にじっと座って、ひたすら指先の作業を続けるだけの集中力もない。

テニスとなればまた別だが、今はその集中力をほかに向けることはないだろう。

クーラーの効いた廊下の片隅でマフラーの話をするこの状況もおかしくて、しばらく笑い続けてしまう。

しかし、本当に冬になってしまったら、目の前の彼女とこんなに近くで話すことはなくなっているのだろう。

九月上旬に控えた学園祭が終わってしまったら別々の学校だ。

同じ中学生なのに、そして同じ都内にいるのに、驚くほど遠い。

人の多いこの場所で、再びすれ違うことなんてあるのだろうか。



「ナツちゃんは手先器用?」
「私ですか?たぶん不器用ではないと思いますけど」
「じゃあさ、俺のマフラー編んでくれないかなー…なんて!にゃはは!」



天真爛漫と人にはよく言われるけれど、すべての言葉にひとつの意味しかないわけじゃない。

マフラーを編んでほしいのは本当だ。

しかしその奥にある気持ちを、彼女は気づいてくれているのだろうか。





マフラー

―菊丸英二と次の冬に

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