▽ 63-詐欺
全国優勝三連覇を狙う強豪校。
その学校のレギュラーともなれば他校からの注目を浴び、知らぬ間に異名をつけられる。
神の子、皇帝、参謀といった異名が並ぶ中でも、おそらく一番癖の強い男。
何を考えているのか読めないうえ、コート上での彼はどんな姿をしているのかさえわからない。
彼の素顔は甘いマスクで人気があり、立海大附属テニス部レギュラーという集団の中でも一番の女性人気を誇っていた。
しかし、普段氷帝学園に通っている一色ナツは知らなかったことがある。
立海大附属が全国屈指の強豪校であるということは氷帝のテニス部の人たちから聞いていたことだし、仁王雅治という男子の外見の良さから女子に人気があるだろうということもわかっていた。
「コート上のペテン師、ですか」
「そう呼んどるやつもおるらしいのう」
「ペテンってことは詐欺ってことですよね?」
「プリッ」
否定とも肯定とも取れない不思議な単語を発した仁王の顔を見てみても、真意は読み取れない。
学園祭準備が始まって早くも一週間。
適度に手を抜きながら準備を手伝っているらしい仁王がお昼休憩にいるのはいつも同じ木陰だ。
その横に腰を下ろしたナツの顔をちらりと見てから、仁王は口端をわずかに上げた。
コート上のペテン師。
いつの間にかつけられていた異名に不満はない。
対戦相手やギャラリーを騙して喜びを得ているのだから、詐欺以外の何物でもないだろう。
「異名の由来はプレイスタイルからですか?」
「さあのう。それもあると思うが、胡散臭いやつに見えるのが一番の理由だと思うナリ」
何を考えているかわからない、とはよく言われる。
私生活が謎だ、ということも。
自分のことを話すよりも相手の話を聞いているほうが楽だと思っていたら、いつの間にか周りの人間は勝手な仁王雅治像を作り上げていた。
それは違うと否定しても、「本当かー?お前の言うことは信用できないから」と言って笑われる。
少しだけ変わった部分はあるかもしれないが、自分は紛れもなく普通の男子中学生。
気が付いたら、周りが作り上げた仁王雅治像にこちらが順応するようになっていた。
そのほうが楽だから。
いつだって、楽だ。
「仁王さんって人をからかうとき楽しそうな顔してますもんね」
「それは心外ナリ」
「悪い意味じゃないですよ。人のことをよく見てるんだなあと思って」
初めてそんなことを言われた。
人ごみは嫌いだと思っていたのに、それ以上に自分は人をよく見ていたんだろうか。
ペテンは人を見なければ始まらない。
相手がいてからこそ成り立つもの。
当たり前のことなのに、ずっと忘れていた。
「そうかもしれんのう」
この学園祭準備期間中、しばらくこの女子のことも見てみよう。
ペテン師以外の側面の自分を見つけてくれるような気がする。
ナツの横顔をちらりと見てから、仁王は気づかれないように口端に笑みを浮かべた。
詐欺
―仁王雅治の次なるターゲット
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