ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 61-過保護


「ナツちゃん、大丈夫なん?」



まず最初に、まるで母親のような心配顔でナツに近づいてきたのは白石蔵ノ介だ。

学園祭の準備が始まって、それなりの期間が経っていた。

そろそろ準備も大詰めで、いたるところで最終調整の声が飛び交っている。

ここまでやってくれば、中盤の時のような慌ただしさは運営委員にはなくなる。

あとは部員たちがどうやって力を合わせていくかであり、運営委員は陰ながらのサポートに回る。

ナツをとってみても激務という言葉が一番似合っていた期間は終わり、あとの数日間は各校の様子を見て周るだけ。

あれが足りない、ここはどうすればいいか、とひっきりなしに相談を受けるようなことは少なくなっていた。

お昼をベンチに座ってゆっくり食べるのも久しぶりなことであり、今日はやっと母親が作ったお弁当を食べることができる。

お弁当箱を脇に置いて一息ついたナツの横に座り、白石はじっくりと彼女の顔を見たのちに安堵の表情を見せた。



「うん、青白い顔はしてないな。それでええ」
「青白い顔?」
「跡部クンもなかなか人使い荒いからなー、一昨日くらいまでのナツちゃんの顔はこっちも見てて心配しとったんや」
「ん、たしかに顔色よかね。安心したばい」
「おお、千歳」



白石の言葉よりも前に、頭に載せられた大きな手が誰のものかと言うことはわかっていた。

ぽんぽんと宥めるかのように頭の上で軽く弾んだ手の主は、カランコロンと下駄の音を響かせながらベンチの縁へと座った。

これ以上人が入ったら飽和状態になるであろうベンチの真ん中で、ナツは隣に腰を落ち着ける白石と逆側の縁に座る千歳の顔を見比べる。

そんなに心配をかけていたのだろうか。

この数日間はあまりにも忙しくて、自分のことは気に掛けていなかった。

靴の下で擦れる草の柔らかさも、鋭く差す日光も、涼しさよりも熱を運ぶ風も随分と久しぶりに感じた。



「あ、ねーちゃんや!白石、千歳、ズルイわ!」



しばらく目を閉じていたナツの耳に、明るい声がこちらに猛然とした勢いで近づいてくるのが聞こえた。

この声も、誰なのか聞く前にわかる。

本当は白石の時も、優しげな声やイントネーションで誰なのかはわかっていた。

いつの間に、こんなに大切な人が増えたのだろう。

施設の中から飛び出してきた遠山金太郎は、真っ直ぐにナツの下へとやってきた。

ベンチの縁に座る千歳はいいとして、彼女のすぐ隣で「金ちゃん、少しはおとなしくしとき」とこちらを説教してくる白石の位置は気に食わない。



「白石、ワイとそこ代わろうや」
「あかん。こういうんは早いもん勝ちや」
「白石のケチー!」
「じゃあ私と代わろうか?私はすぐそこの木陰でお昼食べるから」
「ねーちゃんがいなくなったら意味ないやん!」



八月も終わろうかという日の快晴の日差しは、じりじりと肌を焼く。

結局、日光に別れを告げてベンチから木陰へと移動することにした。

木の幹に背を預けるナツと、その両脇で同じように背を預ける千歳と白石、そして彼女の目の前の芝生で胡坐をかく金太郎。

全員が木陰に入ったことにより、体や髪に含んでいた熱がいくらか和らいだ。

ナツを取り囲んで、四天宝寺のメンバーは賑やかな話題で場を盛り上げていく。

こうして多くの人と楽しく会話をしていたのは実際には数日前のことのはずなのに、遠い過去のように思えた。

やはり、自分では気が付かないうちに相当根を詰めて作業していたようだ。



「学園祭、うまく行きますかね?」
「当たり前やん、ねーちゃんがこんなに頑張ったんや!」
「むしろうまくいかんかったらすべてのテニス部員を呪うたるわ」
「それもよかね」
「その気持ちだけいただきます」



めらめらと謎の闘志を燃やす三人に対し、ナツはおかしそうに小さく笑った。

結果ばかりを求めすぎないようにしよう。

ここまで努力してやってきたことは、紛れもない事実なのだから。





過保護

―四天宝寺と久しぶりのご飯

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