▽ 42-マジで逃げ出す5秒前
一体他の学校はどんなことをやるんだろう。
そう気になってしまうのは、自分の持つ好奇心の故か。
学校の先輩である亜久津には偵察などみっともないと言われてしまったが、やはり気になるものは気になる。
こそこそと嗅ぎまわるようにしていたのがいけないのだとしたら、今回こそは堂々とやろう。
山吹中一年、壇太一はそう決心するも、周りから見れば怪しいことこの上ない。
堂々とするとはいってもそわそわしているのがバレバレで、かといって一生懸命な彼に指摘するのも申し訳ない。
そんな周りからの視線に気づいた様子もなく、壇は会場内を歩き続ける。
この先にあるのは、たしか―…。
「あれ、太一君?こんなところで珍しいね」
「うわあ!?」
「ええ!?」
突然掛けられた声に驚くも、後ろにいた人物にホッと心をなでおろす。
そこにいたのは中立運営委員のナツだった。
もしも山吹のメンバーだったならばどうしようかと思っていたが、この人なら大丈夫だろう。
気を取り直して、壇はナツに他校の偵察中だということを伝えた。
それから、山吹の先輩たちには内緒でやっているのだということも。
「亜久津先輩は偵察なんてみっともないって…」
「そっかあ。亜久津さんって正々堂々とした勝負が好きなのかもね」
「ナツさんもですか?」
「うーん。偵察ならいいと思うけどなあ、面白そうっていうのもあるし…私も一緒に行っていい?」
「もちろんです!」
彼女が後ろについてくれるのなら、心強さも百倍だ。
二人がいる場所から近いブースはどこだろうか。
周りを見渡したナツは、不動峰中学が近いと教えてくれた。
さっそく行ってみれば、そこには暗幕で覆われた小さな建物ができていた。
入り口らしきところを覗いてみるも、中は真っ暗。
昼間ということもあってか施設内は明るいため、異様な空気を放っている。
人の気配もないため、二人は顔を見合わせた。
「ここが不動峰中学校のブース…ですよね?」
「うん、お化け屋敷をやるんだって」
そう言いながら、わずかに一歩下がったナツを振り返る。
中立運営委員で、いつも頼りになる先輩。
その彼女の顔が若干ひきつっているように見えるのは、気のせいではないだろう。
もしかして、こういったホラーの類が苦手なんだろうか。
じっとナツを見る壇の視線に観念したかのように、彼女は乾いた笑いをこぼした。
「ごめん、私ちょっとこういう薄気味悪い雰囲気苦手なんだ」
「やっぱりそうなんですね、無理しちゃダメです!偵察は終わりにして違うところに行きましょ…う?」
お化け屋敷だという建物に背を向けて、ナツの背中を押そうと壇は手を伸ばそうとした。
しかし言い切る直前、彼の肩に一つの手が置かれた。
色白で指の細いその手を、壇はおそるおそる見る。
彼の言葉が最後まで歯切れよく言われなかったことを不審に思ったが、その手を見つけるやいなや、声もなく座り込んだ。
その顔色は、もはや真っ白だ。
その彼女の手を掴み、壇は一気に走り出す。
今までにないほどの力が体を駆け巡るのを感じた。
恐怖、というただ一つの感情に身を任せて。
「うわああああ!?」
白い着物を身にまとい、色白の手で暗幕をわずかに開いたその隙間。
あっという間に小さくなっていく壇とナツの影を、二つの冷静な目が見ていた。
なんだ、今の騒ぎは。
もしかして自分が騒動の発端なのか。
「人のこと幽霊呼ばわりするなんて酷いよなあ、人間なんだけどなあ」
「深司、外で何か大声がしたみたいだが…大丈夫か?」
「もう行っちゃったんで大丈夫です、橘さん」
外から光が入ってこないようにきっちりと暗幕を閉め、白い着物の人影は中へと戻っていく。
暗幕で覆われた小さな建物には、近づかない方が良いのかもしれない。
マジで逃げ出す5秒前
―壇太一の勇気
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