ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 41-消毒


我ながら現在の状況は馬鹿馬鹿しいと思う。

一人で倉庫の整理をしていたら、足をくじいてしまったなんて。

そして転んだ拍子にどこかで掌に切り傷を作り、その手を埃っぽい床についてしまった。

傍から見れば片足を引きずった埃だらけの女子生徒である。

まだ今が夕方だったことが救いだ。

多くの生徒は帰った後であり、今のところ誰ともすれ違っていない。

ギリギリ保健室が開いているかどうかという時間だが、とりあえず行ってみようとナツはゆっくりと足を進める。

もし保健室が開いていなかったのなら、会議室にいるであろう跡部の元に行くしかないだろう。

馬鹿にされる自分の姿が想像できるが、それも仕方ないことだ。

ゆっくりと歩いていれば、向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。

一体あれは誰だろうか。



「おお、ナツちゃん!」
「あ、白石さん。お疲れ様です」
「お疲れさん。…ナツちゃん、どうしたん?」
「え、な、何がですか?」
「埃だらけやん。それに遠くから見てて歩き方もぎこちなかったで」



なんとか取り繕おうとしているナツの頑張りは内心で褒め称えるものの、白石はしっかりとナツの現状を見抜いた。

もし彼女の取り繕いを真に受けたように見せかけてここを立ち去れば、彼女はこのまま自力で保健室かどこかに行くのだろう。

そんなことを見逃すわけにはいかない。

髪の毛や制服に付いた埃を取るのを手伝えば、彼女はお礼を言いながら何が起こったのかを話した。

その事故の顛末に、白石はクスリと笑ってしまう。



「やっぱり馬鹿馬鹿しいですよね…」
「え?ああ、ちゃうちゃう。ナツちゃんもそういう天然なとこあるんやなあと思って安心したんや」
「これは天然じゃなくて注意力が足りてないだけだと思うんですが…」



明るく笑って言う白石に対し、ナツはいまだに自分の失敗に対して苦笑する。

そんな彼女の表情を見るや否や、白石は彼女の額をこつんと突いた。

突然された行動に目を大きく見開けば、ナツの前には背を向けてしゃがむ白石の姿があった。



「そんな自分責めててもアカンで?さ、保健室行こか」
「え?いや、はい、今から保健室行きますけど」
「アカンアカン!足くじいてるんやから、おとなしく背負われとき」



意地でも乗ろうとしないナツのリアクションは、白石にとって想定内であった。

それじゃあお願いしますなんて、彼女はそう簡単に他人に頼るような性格ではないだろう。

しかしここで退いては意味がない。

一旦立ち上がり、再びナツと真正面から向き合った。

手を振って拒否していた彼女の掌を見てみれば、やはり―…。



「切り傷あるやん、ナツちゃん」
「え?ああ、これは」
「隙アリや!」



そっと彼女の手首を掴み、そのまま自分の首へと回させる。

ナツが何が起こったのか気づいた時には、すでに白石の背中の温もりが伝わってきていた。

目の前には、こちらを見ていたずらに笑う白石のあまりにも近い横顔。

少々乱暴な行動になってしまったが、こうでもしなければ彼女は背中には乗ってくれないだろう。



「え、ちょ、ええ!?」
「安心しとき。一応俺保健委員やから、手当できるで?」



後ろから回された彼女の掌には痛々しい切り傷が残っている。

彼女が後ろにいるこの状況を続けたいのは山々だが、そうも言ってはいられまい。

すっかりおとなしくなったナツを背負ったまま、白石は少しだけ足を速めた。

もう少し、保健室が遠ければいいのに。





消毒

―白石蔵ノ介のおんぶ

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