▽ 40-NO.1
考えてみれば、自分の知っているすべてのところで彼はトップに立っていた。
部活では部長、学校では生徒会長、そしてこの合同学園祭では運営委員長。
ナツの中では、彼がトップに立っていない姿を想像する方が難しいほどだ。
「跡部さんって、一人ですよね?」
「アーン?疲れてるなら保健室に行ってきた方がいいぞ」
「いや、疲れてないですけど」
純粋な疑問として、と付け足した彼女の顔を跡部はちらりと見た。
その顔は確かに疲れはない様子で、こちらを見る視線が外れることはない。
こういった視線は苦手だ。
まだ周りで勝手に騒いでいる女子生徒の目線の方が簡単に無視できるから容易い。
いいから仕事しろ、と吐き捨て、跡部は再び書類に目を落とした。
しばらくしてから隣を見れば、もうそこには真剣にペンを走らせるナツの姿があった。
切り替えが驚くほど早い、というのが彼女の持ち味だ。
本人曰く人を引っ張るのは苦手らしいが、そんなことはないだろうと跡部は思う。
こんなにも人を惹きつけているというのに。
「…跡部さん、手止まってますよ」
「俺様のことは気にすんな」
「横暴ですね」
ナツの横顔を見ていたのがバレたのか、突然顔を上げた彼女が跡部の書類に目を留めて口を開く。
ふいっと視線をそらし、跡部が再び仕事を始めれば、ナツも少しだけ止まったのちに机に向かいなおした。
一体どれほど経ったのだろう。
運営委員長ともなればやってくる書類の量も尋常ではなく、次から次へと各校の運営委員が書類を持ってくる。
それはもちろんナツに向かう量も半端ではなく、二人はしばらくそれぞれの運営委員との会話をこぼしながら黙々と仕事をこなしていった。
ようやく一段落ついた、といったところで跡部は目頭に手を添えた。
何時間も酷使していたせいか、目が少し痛む。
「お疲れ様です、跡部さん」
「…ハッ、お前こそ」
掛けられた声に顔を上げれば、そこにはマグカップを両手に持ったナツがいた。
机の上に置かれたカップを見てみれば、それはアイスコーヒーだった。
いつの間に作っていたのだろう、たしか先ほどまでは自分の隣にいたはずだ。
「ちゃんと跡部さんが持ってきたコーヒー豆をドリップしたものです」
「…まだなんも訊いてねえだろ」
「なんとなく訊かれるかなと思いまして」
インスタントコーヒーというやつだろうか、と思っていたのが顔に出ていたのだろうか。
先読みしてきたナツにくくっと喉を鳴らして笑い、跡部はアイスコーヒーに口をつける。
やはり彼女がいれたコーヒーは美味しいものだ。
「…俺様は一人じゃねえよ」
「何の話です?」
「なんでもねえ」
彼女の支えなしではこの学園祭の成功はないだろう。
小さく笑い、跡部は再びアイスコーヒーのマグカップを傾けた。
NO.1
―跡部景吾とNO.2
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