▽ 31-陽炎
突き刺すような、陽射し。
その陽射しが、何よりも苦手な男。
仁王雅治はそれを避けるかのように木陰の下で涼んでいた。
学園祭のいこいの広場の中でもひときわ大きな木の下。
それが彼の好きな場所。
好きな理由は二つある。
一つ目は、サボるのにうってつけの場所だということ。
そしてもう一つは…―
「おうおう、今日もよく働いとるのう」
ここからは、会場を出入りする人影がよく見えるということ。
木の幹に背を預け、片目をうっすらと開ければ、その目に映るのは目の前を行き交う人々。
自分に向けて興味津々と言った様子の視線が来ればその目を閉じ、暇なときはその目を開ける。
そうしていれば、一日に何度かは必ず映るのだ。
彼女の姿が。
氷帝の中立運営委員の彼女。
この文化祭で知り合ってからというもの、仁王は彼女のことが気に入っていた。
どこが、とは言えない。
しかし、全てというのも大げさな気がするため、仁王としては「なんとなく」気に入っている程度の存在。
しかしその存在がハッキリ見えた時、自分の心が揺れ動くのも確かだ。
8月という時期もあってか、この木陰から見える風景も遠くのものは陽炎現象によってゆらゆらと揺れ動いて見える。
そしてその陽炎現象の中、一人の女子の姿がこちらに向かって近づいてくるのが見えた。
「…参ったのう」
遠くにいてもらえれば、自分には『あつすぎて』触れることができないのに。
近づいてきてしまえば、その姿がはっきりと見えてしまう。
そして同時に、自分の心も。
「仁王さん、真田さんが呼んでましたよ。夕方からミーティングあるみたいです」
「相変わらず熱心な奴じゃのう、真田は」
芝生を片手で払いながら立ち上がり、空いているもう一方の手でナツの頭をポンポンと叩く。
その頭が思った以上に熱く、ドキリとする。
「熱中症には注意しんしゃい」
たった一言を残し、彼女の頭を最後にもう一度撫でてから、仁王は自分の手を握り締めた。
やはり木陰から出ると、外の空気が暑い。
そして自分の掌は、もっと熱い。
遠くでゆらゆらと揺れているように見える人々の中へ踏み込むかのように、仁王もまた一歩、足を踏み出した。
陽炎
―仁王雅治の細めた目の先
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