ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 30-一つだけ


クリーム色に近い柔らかい茶髪が、適度にワックスで固められた髪型。

今時の若者と言った風貌がよく似合う少年は、人の混みあう駅の中で立ちつくしていた。

まさか、こんなに広い駅だとは。

目的の場所に行くにはどの出口に出ればいいのかもわからず、手元にある携帯は電池切れ。


あの眼鏡、本当に置いてくことないやろ!


今朝起きてみたら、「文化祭の準備あるから、お前は適当に過ごし」というメモがテーブルにぽつんと置かれ、少年は一人でここまでやってきたのである。

もちろん年に数回来る程度の東京ならば遊ぶ場所はたくさんあるとはわかっているものの、『文化祭の準備』というものがどうにも気になる。

そして一人で携帯を駆使して文化祭準備の行われる施設の最寄駅までは来たらしいのだが、そこで携帯がご臨終。

さてどうしたものか、と見まわしてみるも、周りにいるのはとても話しかけられるようなオーラはまとっていないサラリーマンばかり。

学生らしきものもいるが、全員音楽を聴いていたり携帯をいじっていたりでどうにも話しかけづらい。

仕方ないからがむしゃらに歩いてみるか、と一歩足を踏み出そうとすると、ちょうど目の前を歩いていく女子の姿が見えた。

年齢は自分と同じくらいで、音楽も聞かず携帯もいじらず、ファイルが入った手提げのバッグを持って歩いていく。

そしてそのファイルの背表紙には「合同文化祭」というラベルが見え、少年は思わず追いかけて、女子の肩に手を置いた。

我ながら大胆な行動をしたと思うが、ここで背に腹は代えられない。



「なあ、ちょっとええか?」
「はい?」



関東にいてはあまり聞きなれない関西弁を新鮮に思いつつ、少女は振り返る。

振り返って目の前にいる少年は、切羽詰まった表情で問いかけた。



「そこのファイルが見えたんやけど、合同文化祭の場所、これから行くん?」
「ええ、行きますよ」



救いの女神とは、彼女のことを言うのだろうか。

一緒に付いていってもいいだろうか、と願い出ると快く頷いてくれた。

二人並んで歩き出すと、先に口を開いたのは彼女だった。



「気になってたんですけど、関西出身なんですか?」
「おん、夏休みやし従兄弟の家に遊びに来てん」
「なるほど、そうなんですね」



彼女は聞き上手な人間だった。

ついつい聞かれたわけでもないのに、自分のことを話してしまう。

時々生まれる沈黙に、新たな話題をそっと提供して笑って話を聞いてくれる子。

会場までは徒歩10分ほどで着き、そこで少年は気付いた。



「それじゃあ謙也君、私はこれで」
「ちょい待って!」



彼女について得た情報と言ったら、文化祭で『中立運営委員』という役職についているということだけ。

自分のことは散々宣伝しておいたくせに、彼女のことを何一つ知らない自分に絶望する。

会議の準備があると言って背を向けた彼女の腕を掴んで、「謙也君」と呼ばれた少年、もとい忍足侑士の従兄弟である忍足謙也は質問を投げかけた。



「最後に一つだけ聞きたいことがあるんやけど…名前教えてくれん?」



どうせならアドレスまで聞けや、という従兄弟の声が近くで聞こえた気がした。

しかしそんなことには構っていられなかった。





一つだけ

―忍足謙也のお願い

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