▽ 2-花火
一体私は何時まで仕事をすれば終わるのか。
全校の模擬店準備を見て回り、運営委員の会議室に戻ってきてみれば私の机の上には資料が山積み。
各校の運営委員が提出してくれたプリント類だろう。
運営委員の皆の顔が思い浮かび、私はフッと一人笑った。
皆よく頑張ってくれているのだ、私だけが弱音を吐いているわけにもいかない。
隣の跡部さんの机のパソコンは、エクセルを使った状態で止められていて、彼はどこに行ったのかと疑問を抱く。
「………榊先生に呼ばれて…行きました」
「そうなんだ、ありがとう樺地くん」
私へお茶を持ってきてくれたのか、コトンと湯呑みを置きながら樺地くんが答えてくれる。
ほわほわと立ち上る湯気に私は緑茶の香りを感じた。
背伸びを軽くした後、椅子に腰掛け樺地くんに話し掛ける。
私の意思が曲がらないように樺地くんに勇気づけてもらうのだ。
「じゃあ私は頑張ります、樺地くん」
「ウス」
力強く頷いた後に会議室を去る樺地を見送り、ナツはプリントに目を通し始めた。
「へえ、聖ルドルフは高価な食器使うなあ…」
観月さんの趣味かな、と一人笑っているとふいに会議室の扉が開く。
顔を上げれば跡部が変な顔をしてナツを見ていた。
「…どうしたんですか、跡部さん」
「一人笑って悲しいこったな」
「失礼ですね」
厭味をまったく気にした様子もなく、ナツはサラリと受け流す。
跡部は「相変わらずつれねぇな」と面白そうに笑い、自分の席に座った。
やりかけだったパソコンを起動させながら、横目でナツの様子を見る。
「で、どんな感じになってる」
「予算を気にする必要がないってことで、各校莫大な資金を要求してますね」
「ハッ、ふざけやがって」
「あとこちらは」
そこでドン、とナツは資料を自分の机から跡部の机へと移動させる。
それなりに量のあるそれに手を置きつつ、ナツはわずかに笑みを浮かべた。
「この資料、確認お願いします」
「…お前なあ、こういうものは分割して出せってんだ」
「いや私も今日初めて見たものですから」
帰ってきたらドッサリあったんです、と言うナツに跡部は諦めたように首を振った。
午後から見始めた資料を読み終わったのは既に夜。
闇にとっぷり染まろうとする空を見て、ナツは鞄にいくつかのファイルを詰めた。
このファイルも家で読んでこなければならないわけで、ナツは大変さを感じつつも充実も感じていた。
「じゃあ跡部さん、私はこれで」
「あーん?ちょっと待て」
仕方なく資料を読み始めていた跡部は、帰ろうとするナツを制す。
資料に目を向けたまま、跡部はクイッと窓を指差した。
「そろそろ始まるから見ていきな」
「はい?一体何を…」
その言葉を遮るように突然轟音が響く。
夏の風物詩の振動、そして光を感じつつナツは窓に近寄った。
花火を見る目はキラキラと輝き、打ち上がる度に花火が顔を明るく照らす。
「今日、花火大会だったんですね」
「気づいてなかったのか?」
「学園祭の準備でまったく」
とめどなく打ち上がる花火を眺めたまま、ナツは動かない。
その様子を見てフッと微笑み、跡部はパチンと会議室の電気を消した。
花火の光のみが室内を照らし、跡部はさりげなくナツの傍らに近付いた。
「綺麗だな」
「そうですね」
学園祭の仕事も忘れ、二人は花火に魅入る。
華やかな花火を二人で眺めていると、学園祭の準備をしていた他校の生徒が外にいたのか外から騒がしい声が聞こえてきた。
「あ!?あれ跡部とナツだろぃ!?」
「あー!ずるいにゃ、跡部!」
「クソクソ、見せ付けんな!」
続々と生徒が下に集まり、ナツは困ったように見下ろす。
跡部は「あーん?」と眉間にシワを寄せ、ピシャリと窓を閉めてしまった。
隣のナツを見ればくすくすと笑っている。
「何笑ってやがる」
「いや…皆面白いなと思って」
学園祭の運営委員やってよかったです、と笑う彼女に胸が高鳴る。
跡部はニヤリと笑った後、花火咲く夜空を見ながら口を開いた。
「とりあえず学園祭、成功させるぞ」
「ですね」
とりあえずって何ですか、と聞かれたものの答えずに花火を見つめる。
豪快な花火の音が鳴り響いた瞬間に言った言葉は彼女には伝わっていないだろう。
いや、まだ伝わらなくていいのだ。
学園祭の成功の後にゆっくり伝えればいいだけなのだから。
花火
―跡部景吾の誓い
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