ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 1-絆創膏


「あれっ、あれれ…!」



ゴソゴソと鞄を探るも見つからない。

いつも家に置いてくるはずもないものを置いてきてしまった。

学園祭の会場から家までは電車を乗り継いで約30分。

会場にたどり着いた今となっては、家に戻るのはとてつもなく面倒くさい。

しょうがないから今日は我慢しよ―…

いつもより物足りない頬を気にしつつ、作業に向かうべく会場内へと走った。





「あーあ、やる気でないにゃ…」
「ん?英二どうしたの?」



お菓子の山を目の前にうなだれる菊丸を発見し、廊下を過ぎ去ろうとした不二は会議室に入ってきた。

会議室の机には山盛りいっぱいのお菓子があり、すっかり菊丸のテンションも上がってるかと思いきや。

不自然さを感じた不二はお菓子の山を見ながら英二に問う。



「こんなにお菓子あるのにテンション上がらないみたいだね」
「…不二ぃ、だってさあ…」



顔を上げ、上目遣いに不二を見る英二の顔を確認し、不二はあることに気がついた。

彼のトレードマークともいえる頬の絆創膏が…。



「忘れたの?」
「家に置いてきちゃってさあ…もう何も手につかないっ」



そこにいつもあるハズの絆創膏は、クッキリと日焼けの跡を残したまま無くなっている。

もはや涙目の英二に不二は困ったように笑いかけた。

生憎絆創膏の持ち合わせはない。



「僕は絆創膏持ってないな…大石なら持ってるんじゃないかな」
「…今日は家の用事で休み」
「…困ったね」



最後の綱でもあった大石もいないとなっては、解決策がどうにも見つからない。

その状態で頑張って、と言うのはいかにも酷な気もするが自分の仕事もある。

最後にポンと菊丸の肩を叩いて、不二は会議室を後にした。



「にゃー…」



弱々しく鳴く猫のように菊丸は再び顔を伏せた。





「…あ」



サボり発見、とでも言うのだろうか。

会議室で顔を伏せたまま動かない菊丸を発見したナツはそっと会議室のドアを開けた。

その音にもまったく気づかず、菊丸は動かないまま。

ツンツンと肩をつつけば、菊丸はくすぐったいのか顔をこちらに向けた。



「…え、寝てます?」



隠れてゲームでもしているのかと思えば、ぐっすりと熟睡中。

たしか青学だから手塚さんに見付かれば、怒られながら起こされるだろう。

それはそれで可哀相、と思い菊丸さんを起こすことにした。



「菊丸さん起きてくださーい、菊丸さ…あれ?」



呼びかけている途中で、ふと違和感に気づく。

たしか菊丸さんっていつもこう、片頬に絆創膏があったはず。

しかし今は絆創膏の日焼けの跡だけが残っている。



「絆創膏、いつも付いてるワケじゃないのかな?」



出会ってまだ数日だから、彼のことはよく分からない。

もしかしたらいつも付けてるのかもしれないし、気まぐれで…?



「いや、毎日絆創膏は付けてるよ」
「不二さん!」



いつの間に入ってきたのか、不二は資料をたくさん抱えたまま傍らに立っていた。

よいしょ、と資料をドサッと机の上に置きナツに笑いかける。



「絆創膏付けてないと気分が乗らないらしくてね。ふて寝してるんだと思うよ」



誰も絆創膏持ってなくてね、と付け足す不二さんに私はハッと思い当たる。

たしか万が一のために…―

スカートのポケットを探れば、ティッシュやハンカチに混じって絆創膏が一つ出てきた。

一つの絆創膏。

絆創膏ではあるんだけど…



「ものすごくファンシーな絆創膏ならありますけど…」
「うん、英二なら多分大丈夫だと思うよ」



今にも吹き出しそうに口を手で押さえる不二を傍らに、ナツは絆創膏をそっと机に置いた。

カタンと机がわずかに揺れるも、菊丸は気づかずに眠りこけている。

とりあえず何も無いよりはいいだろう、と思いナツは満足して菊丸に背を向けた。



「じゃあ私はこれで…」
「ナツちゃん、お願いがあるんだけど」
「はい?」



表情の読めない顔で、不二はナツにコソコソと囁く。

その要求を聞いて、ナツは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに頷いた。



「それくらいだったら」
「ありがとう」



パタンと会議室の扉が閉まる。

ナツが出ていった後の会議室で、自分の資料を再び持ちながら不二はくすくすと笑った。



「僕に感謝しなよ、英二」





「にゃははーっ!頑張っちゃうもんねっ」
「どうしたんスか、菊丸先輩。妙に元気ッスねえ」
「まあねっ!」



先程までとは比べものにならない元気で会場を駆け回る菊丸に、ビニールシートを運んでいた桃城が声を掛ける。

妙にニコニコした菊丸の顔を見て、今日初めて会った桃城は目敏く気づいた。



「あれ、菊丸先輩、絆創膏が…」
「いいでしょー!譲らないよん」
「いや別に欲しいとは…」



可愛らしいキャラクターがデザインされた、どう見ても男子が付けるにはファンシーな絆創膏。

それをここまで違和感なく付けているキャラクター性が菊丸にはあるのだ。

ニヒヒ、と笑う菊丸は絆創膏を指差しながら自慢げに言う。



「ナツちゃんに貼ってもらったんだ!」
「うわ、いいッスね、それ!」



実はタヌキ寝入りをしていただけで、菊丸はずっと起きていたのだ。

いつもとは違う絆創膏を感じつつ、菊丸は再び元気いっぱいに駆け出した。





絆創膏

―菊丸英二のやる気スイッチ

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