ヒトナツの恋 | ナノ


▽ 3-「馬鹿だねって言って」


「言われたいものだと思います?」
「なっ、なぜ俺にそんなことを…っ!」
「いや、ついさっき運営委員の中で話題になったものですから」
「たるんどる!」



全体資料を渡しにきた、というナツから資料を受けとった真田は目をクワッと見開いてナツの頭を叩いた。

真田にとっては最小限の力なのかもしれないが、意外とこれが痛いもので。

その様子を見ていた柳がくすくすと笑いながらナツに話し掛けた。



「明らかに人選ミスだな」
「柳さんに聞けばよかったんですね…」
「ちなみに俺は言われたくないがな、自分を下に見られるのは気分がよくない」
「そうですか…」



先程運営委員の中で話題になったこと、それは

『自分が馬鹿にされて嫌かどうか』

ということだった。

そんなの全員嫌に決まってる、と思ったもののいざ聞いてみれば女子にも男子にも

「むしろ言われたい」

という変わり者がいることが判明したため、興味本意ですぐ後に会った真田に聞いてみたのだ。

見事に怒られたが。



「大体運営委員たるものそんな話をして」
「言われたいと言う奴は俗に言うMだろう」
「そうなんですかねえ」



真田の話を見事に遮り、柳は淡々と事実を述べる。

相槌を打つナツは、ハッと思い出したように目を見開いた。

たしか言ってほしい人で人気高かったのが…



「切原さんに言ってほしい、って言ってる子が多かったです」
「赤也に?ほう、興味深い人選だな」
「くだらん」



柳はそれなりに興味を示し、一体なんの参考になるのか傍らのノートに細かく書き込んだ。

真田も腕を組みながらつまらなそうにしているものの、作業に戻る気配はいっこうにない。

なんだかんだ話し込む三人の元に、問題の人物が近づいてきていた。



「先輩たち何話してんスか!?」
「ああ、ちょうどいいところにきたな」
「へ?」



目を輝かせやって来た赤也に、柳は満足げな笑みを浮かべる。

ぞくりと悪寒が駆け巡るものの、いまさら逃げられるハズもなく赤也はゴクリと唾を飲んだ。



「彼女をけなしてくれないか」
「は?…あ、ナツさん!」
「こんにちは、切原さん」



長身の二人に隠れていたナツに気づき、ますます赤也の目は輝く。

けなせって…ナツさんを?

柳の言葉がうまく掴めず首を傾げれば、柳はサラリと言う。



「とりあえずなんでもいい、チビでもアホでも言えばいいだけだ」
「柳さん地味にひどいです」
「今のは一例だ」



とりあえずナツさんを馬鹿にすればいいんだろうか。

馬鹿にする要素などないものの、赤也は言葉を選ぼうと思案を始める。

柳はノート片手に赤也を見つめ、真田は少し離れて微妙な顔で眺めていた。

一方の言われる方のナツは緊張を隠せていない。

やがて言葉が決まったのか、スウッと息を吸った後に赤也は口を開いた。



「アンタ、馬鹿だね」



先程までの人懐っこい暖かな瞳は消え、代わりになんの感情もない冷たい瞳がナツを捉える。

その瞳に目線を合わせたまま言われた言葉に、ナツはしばらくの間ポカンとする。

やがて赤也の顔は見る見るうちにパアッと明るくなり、柳やナツに向かって「こんな感じッスか!?」と興奮気味に聞く。

柳はわずかに微笑んで分からないというジェスチャーをした。



「彼女の反応次第だが?」
「はい?」



その言葉に固まっていたナツは我に返り、ぽつんと呟いた。



「切原さん」
「な、なんスか…?」



心配そうにソワソワとナツを見る赤也は落ち着かない。

やっべ、言い過ぎた…?

ついには自分で落ち込みはじめた赤也に鉄拳を食らわせるべく動き出した真田に、予想外な言葉が耳に届いた。



「気持ちがわかりました!」
「…へ?」
「何!?」



思わず間抜けな声を出した赤也につられて真田も反応してしまう。

柳はやれやれと笑い、ノートに何かを書き込んだ。

一方のナツは興奮冷めやらずの状態で赤也に手を合わせる。



「もう一回、もう一回お願い、今度録音して他の子に聞かせたい!」
「嫌ッスよ!」



慌てて逃げ回る赤也に、柳はくすくすと笑いながら去っていく。

真田もたるんどる、と言い残しながら作業へと戻っていった。

結局、ナツが跡部に見つかるまで二人の鬼ごっこは続いたのだった。





「馬鹿だねって言って」

―切原赤也の魔法

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