彼女の指輪の話。
それは彼女の親友の話でもあった。
結衣子がまだ小学校にも入っていない頃、一度だけ高熱を出したことがあり、地元の病院へと入院した時に出会った一人の女の子。
それが彼女の親友である。
同い年同士であった彼女達は距離を縮め、二週間ほどの入院期間であったにもかかわらず、その後も毎週のように会う仲だったのだという。
会う場所は、地元の病院。
彼女たちが出会った場所であり、彼女の親友が生まれた時から生活している場所である。
原因不明の難病と言われていた彼女の親友に結衣子は毎週土日のどちらかは出かけ、ひたすら話をしたのだという。
話題はなんだったのか、覚えていない。
しかし学校の友達関係や家族関係等、なかなか人には話せない悩みも親友には話せたのだと結衣子は言った。
それは彼女の親友にとっても同じだったようで、自分の病気についての不安等を彼女にはさらけ出していた。
時にはぶつかりあったりもした。
しかし決まって次に会う時には仲直りをし、その関係を続けて10年以上。
結衣子の大学進学と同じ時期、彼女の親友も病院を移ることとなった。
結衣子は地元の長野から通える地元の大学に進学したのだが、親友の行った先は東京。
会う機会は前ほど頻繁ではなくなってしまったものの、月に一回は会いに行ったのだという。
そして結衣子が大学卒業を控え、東京のウナギ屋に就職が決まったと親友に話せば、親友はこう言った。
「なら一緒に結衣子の住む家を決めに行こうよ」
親友と一緒に外出したことは初めてだった。
病院の先生に確認してみれば、「大丈夫だよ、良い思い出を作ってらっしゃい」と笑顔で送り出され、結衣子はその時にすべてを悟った。
一番最初の候補が、階段の町。
島田の家の向かいに構える、和風な一軒家。
他の候補には行かず、即決でここに決めた。
暗くなるまでその家でいろいろ見て回り、夜になってから彼女の親友が言った言葉。
「この指輪、結衣子にあげる。お揃いなんだけどね」
そう言ってから彼女の親友が右手を持ち上げ、薬指にあった指輪。
その指輪は窓から差し込む月光に反射し、キラリと輝いた。
その輝きに気付いたのか、親友は窓から身を乗り出して空を見上げる。
隣にならんで空を見上げ、「東京の星って少ないね」とつぶやいた結衣子に、親友はこう答えた。
「東京にしてはすごく星が多い所よ、ここ」
「……そう?」
「だからってわけではないけど、空を見上げた時に思い出さなくてもいいから、何か思ってほしいの。『ああ、星がきれいだな』ってそれくらいのこと。…忘れられるのって、怖いから」
その数日後に、彼女の親友は亡くなった。
そして結衣子はこの家に引っ越し、この指輪を肌身離さず持ち歩いているのだ。
親友と共に生きていることを、楽しむように。
「…あの、島田さんに聞いてもらいたいって私が勝手に思っただけで…長い話になってごめんなさい。何か言って欲しいとか、そういうことは」
「わかってる」
川の近くにある墓石の前で、二人で立ったまま。
周りに人はまったくといっていいほどおらず、結衣子が話し終えた後も沈黙は続く。
沈黙に耐えかねた結衣子が口を開けば、島田は小さく言葉をかぶせた。
そう言ってから口を真一文字に結んだ島田に対し、結衣子も何も言えずにうつむく。
話したことはまずいことだっただろうか。
今までほとんど誰にも…ウナギ屋の夫婦以外には話していないことだった。
「昔話に付き合わせてごめんなさい」という謝罪をしようと、再び結衣子が口を開こうとすると、急に温もりを感じた。
そしてその正体がなんなのか分かる前に、すぐ耳横で声がした。
「話してくれて、ありがとうな」
これからは俺も真正面からお前と向き合うから、という言葉は胸にしまい込んだ。
そんな言葉が言えるほど、自分はこういう言葉を言い慣れてはいない。
第一、今こうして彼女を抱きしめているという事実さえも、自分の中でパニックになっているというのに。
自分もこれから星空を見たら、見たことのない彼女の親友のことを考えてみよう。
それだけではなく、いろいろなことを考えてみよう。
自分の周りにあるたくさんの物事を、見逃さないように。
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