茶の間にある2つの窓のうちの1つ、島田の家が見える障子に結衣子は手を掛けた。
そしてわずかに障子をずらし、その先にある光を見た。
明かり、いつの間にか点いてる―…
その気持ちは、階段の町に帰ってきてすぐに『明かりの点いていない』島田の家を見たときと同じような感情を生み出した。
ホッとして、がっかりして。
自分でもどんな顔をしているのか、わからないくらいに心の中が乱されている。
静かに障子を閉めるも、頭の中では島田の事ばかり考えてしまう。
それから自分の家の間取りを見るのも嫌になり、結衣子は布団へ潜り込んだ。
現実から逃げているだけだということはわかっている。
けれど、自分には島田の家のドアを押しあけることはできない。
「おはよう」
「おはようございます」
クリスマスから数日、世間は今度は年越しの準備へと雰囲気が一変する。
どこか慌ただしくて、知らず知らずのうちに急かされているような気分になるが、それも悪くないと結衣子は思う。
年越しの掃除と称して、朝からマフラーやら手袋やらの完全防備状態で玄関前を箒で掃いていれば、数週間ぶりに島田と出会った。
お互いが家に在宅していたのは知っていたものの、結局どちらも一人で過ごしたクリスマス。
さらにそのクリスマス前から、島田が「仕事の関係で忙しい」と言っていたこともあり、実際に顔を合わせたのは久しぶりだった。
お互いの顔を見るやいなや小さく眼を見開くものの、すぐに柔らかな微笑みに変わって挨拶を交わす。
『クリスマスは何をしていたのか』
訊きたいことは二人とも同じだったが、そんなことは訊けるはずもなく、島田も結衣子に倣うかのように箒で掃き始める。
沈黙が何分続いたのだろうか。
無言のままお互いに石畳の階段を穴が開きそうなほど見つめながら、箒を持つ手を動かす。
その空気をほぐすかのように言葉を発したのは、島田だった。
「なんだか久しぶり、だな。顔合わせるの」
「そうですね…もう年末ですよ」
「早いな…お前が引っ越してきてからもう半年は経つってことか」
「ですね」
もう半年。
時が経つのが早いというのは誰もが思うことだが、島田にとって、この半年は今まで感じたことのないほど早いものだった。
正確に言えば、結衣子と初めて顔を合わせてからの後半の3ヶ月間が早かった。
それは結衣子にも言えることであったが、二人はそのことは口には出さない。
再び襲った沈黙を破ったのは、今度は結衣子の方だった。
「島田さん、この辺で初もうでにうってつけの場所ってないですか?」
「初もうで?」
「はい、行こうかと思って。一緒に行く相手もいないですし」
その言葉に、島田はハッとして結衣子の顔を見た。
そして同時に、はにかんだ笑顔が島田の目に映る。
投げかけられた、目に見えない自分への質問。
その質問への答えに、自分はどう答えようか。
否、どう答えようかなんて悩むまでもなく、答えは決まっていた。
「じゃあ、一緒に行くか」
『行くか?』なんて誘いの言葉ではなく、行くことを前提として答えた理由。
二人で掃いていた玄関先で、もともとの白い階段が光り輝いて見えた。
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