憂愁の恋
8話
「……何だって?」
余りに唐突すぎた言葉に、一護は訳が分からない、と言った風に眉間を寄せた。
「どういう意味だ?」
一護の琥珀色の瞳が、不審気に歪められる。
それを感じて、雨竜は眼鏡のずれを直すふりをしながら視線を逸らした。
「…………君には分からない」
一護に聞かせるというよりは、それはどこか独白めいた呟きだった。
それ以上の詮索を拒絶する、にべもない言葉。
冷たい拒絶。
けれど声に微かに滲む、何かを堪えるような響きを、酷く辛そうに背けられた瞳を、一護は見逃さなかった。
「石田……」
「…………っ…」
雨竜は奥歯をギュッと噛み締める。
頼むから、そんな優しい声で囁かないでほしい。
気を抜けば、感情が溢れて、今にも吐露してしまいそうだった。
この胸に渦巻く――――恐怖を。
胸に根付いた、拭えぬ恐怖。
いつか必要とされなくなる恐怖。
全てを独占できない事への、狂おしいまでの嫉妬に身を焦がす恐怖。
好きだと言われた瞬間に生まれた喜びは、まだこんなにも胸に残っているのに。
何時しか生まれた失う恐怖に、心が雁字搦めになって、身動きが取れなくなってしまった。
そんな臆病で複雑な心情を、吐露するなど出来る訳もなく。
逆に余計に意固地になったよう、雨竜は身体を強張らせた。
8/11ページ
[ 前 へ ][ 次 へ ]
[ 目 次 へ ][TOPへ]