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 かぴかぴのおもち(2)

月の化身は、自らをそのまま「月」と名乗り、兎とたくさん語り合いました。
輝く兎の眼を優しく見つめながら、兎と語り合いました。

兎は、自分が蒼眼で、忌み嫌われ、そしてひとりぼっちになったことを話しました。
ほんとうは、つきたての熱々のお餅が大好きなこと。
でも、いつも少しかぴかぴのお餅を食べていたこと。
嬉しかったこと、楽しかったこと。
……寂しかったこと。哀しかったこと。

月は静かにそれを聞き、頷いていました。
ですが兎は自分ばかりが話していることにようやっと気付き、慌てて、月の話も聞きたいと言いました。
建前などでは決してなく、純粋に月に興味がありました。

月は自分の知っていることを少しずつ話しました。
遠い遠い月から見ている、兎の知らない世界のことを。


楽しいことがたくさんあるよ。
ヒトは手を繋いでお祭りをしたり、家族や村を作ったり……ああ、それは兎さんも同じだったね。
僕から見たらとても不思議で、羨ましかったんだよ。
僕もお祭りに混ざってみんなとはしゃいで、赤子を設けて親になって。

なのにどうしてだろうね。
そんな幸せと隣り合わせに、ヒトは争いばかりしているよ。
それがどんなに愚かしいことかいつも後になって気付くんだ。


静かに、ゆっくりと、それは語られました。
そうして朝陽が昇り始めた頃、兎の眼が眠たそうにとろりと伏せられると、月は兎を抱き寄せ、ぽん、ぽん、と背中を優しく叩き寝付かせました。

僕も孤独に耐えられなかった。
兎さん、君と僕は似た者同士だね。
でも兎さん、僕は……僕は、

すうすうと眠る兎を優しく抱きしめそう囁き、月は一筋の涙を流しました。
そうして涙した月も、いつしか兎の温かさにつられ、お昼過ぎまで、眠ったのでした。


それから毎日が風のように吹き抜け、幾年か経ち、兎と月は友達を越えた親友へと変わっていました。
春にお花見に、夏に魚釣りや虫取りをし、秋には紅葉狩り、冬はかまくらを作って中で兎が大好きなお餅を食べました。

時にはけんかだってしましたが、翌日には既に仲直りをしていました。
ふたりには、簡単なことです。
兎と月は、互いがごめんねと言える心を、持っていましたから。

ふたり。あれやこれやと試したり、遊んだり、語り合ったり、月見をしながら、兎と月は静かに、森の中で暮らしました。


 *


ところがある日から、不穏な気配が漂い始めました。
月が、痩せ細り始めたのです。
いちにち、いちにちが過ぎる度、どんどん痩せていきました。
そして湖の水面のような蒼い眼が、くすんでいきました。
くすんでいても、それは皮肉にも、きれいでした。

兎は、以前から、月にある違和感を感じていました。
それはほんの些細なことでしたが、兎はそれが気にかかって仕方がなかったのです。

月が、何かを言い掛けて、やめる。
それをこの共に過ごした長い年月、幾度か繰り返していました。
最初は兎は、親しくても隠し事のひとつやふたつあるさ。教えてくれようとしているだけで嬉しい、そう考えて気にしていませんでした。

兎は今、考え直してみました。
内緒? 秘密? ぼくに言えないこと?
いろいろと考えを巡らせ、小半時が過ぎました。
そしてようやっと、兎はある考えに辿り着きはっとしました。


月。


まさか。……まさか。
兎は急に不安になり、その考えを振り払うように一生懸命、月が精が出るようにと餅をつきました。
力いっぱいつき、こねを繰り返して、たくさんのお餅を作りました。

月は兎がついたかぴかぴのお餅を、喜んでたいらげました。
けれど、どんどん、どんどん痩せていく月を見て……。

兎は確信しました。

いやだ、信じたくないよ。そう、自分の考えが間違いであるよう、ただ祈りました。


 *


そしてまたある日のことです。
もう殆ど喋らず立てもしなくなってしまった月が、不意にぽろりと泣きました。
兎はついていた餅や杵を投げ捨て、慌てて月の許へ駆け寄ります。


どうしたの? どこか痛むの?


兎は月の背中をいつか自分にしてくれたように優しく撫で、青白くなった月の顔を覗き込みました。

あれえ、なんだろう、胸騒ぎがする……

こわい。どうしよう。
そんなことを考えているうちに、月はぱらりぱらり、ビードロのような美しい涙を流し続けました。


兎さん、兎さん。聞いてくれるかい?


いつもの優しい声が掠れていたのを聞いて、兎は心臓が跳ね上がりました。
けれど一生懸命に声を絞りだし、うん、うん、聞くよ、と答えました。


僕は、ずっと孤独だったよ。
太陽に恋をしたよ。星に恋をしたよ。
でもそれは叶わなくて、そう、兎さんのように孤独だったんだ。


そう、掠れた吐息で言い、月は、あの時と同じように、兎の小さな額を撫でました。


そろそろ僕はいくね。
月は欠けていく。僕もまた同じだ。


え、と兎は息を詰まらせました。


また、月は満ちるでしょ?


月は黙ったままです。


……お別れなの?


兎は、一番訊きたくないことを、尋ねました。
そして、月は静かに、頷いたのです。


ありがとう、ありがとう兎さん。
僕は楽しかったよ。嬉しかったよ。
一緒にいてくれて本当にありがとう。
そしてごめん。
兎さんの笑顔を見ていると、時の制約があること、胸が痛くてとても言い出せなかった。
胸が張り裂けそうだった。
心配させてしまったね。
ごめん、ごめんよ

兎さん、兎さんありがとう。
大好きだよ。
僕は、もう


……その続きを言わないまま、それきり月は黙ってしまいました。
兎が月、月! とどんなに問いかけても、言いたくない、信じたくない想いでしたが、まるで、そう、……死んでいるかのように段々と硬くなり、冷たくなり、そしてぱらりぱらりと綿飴のように、儚く朧気になっていきます。
月の姿が、どんどん崩れていきます。

たくさんの「ありがとう」という言葉を、残して。






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