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 かぴかぴのおもち(1)

少し、時間を頂けませんか?
寂しくって、楽しい、安らかなるお噺をしましょう。


とある森の、とある小屋。
そこには、ひとりぼっちの兎がいました。
六畳一間のおうちです。
真ん中には囲炉裏、二枚の座布団、やかん、小さな卓袱台、杵、臼。
それしか、この小屋にはありませんでした。

兎に家族や兄弟は居ません。
いたという記憶はうすらぼんやりと思い出せましたが、きっとヒトに住処を追いやられたか、忌み嫌われた兎をこの小屋に残して去っていったのだろう、と、兎は勝手に思っていました。

兎はいつだってひとりぼっちでした。
大好きなお餅をつくのも、そうです。
杵で餅米をつき、杵を置いて餅米をこね、それからまた杵を取り……とても時間のかかる餅つきを、繰り返しました。
まさにこんな時、兎は、ひとりぼっちを痛感します。
お友達も居ません。
ほんとうのほんとうに、兎はひとりぼっちで暮らしていたのです。

兎がひとりぼっちで暮らす訳は、とてもつまらない理由でした。
誰かが言いました。
こいつ、あおいめをしているぞ。みんなと、ちがうぞ! と。
最初、おとなの兎がそれをたしなめました。
しかし、やがてほんとうに、その蒼は嫌われるようになり、仲間外れにされてしまったのです。
兎の仲間は兎のことを、忌み子だと避けたり、石を投げたりして、だんだんと遠退きました。
そんな時間を、兎は不思議そうにして過ごしました。
兎は心優しく、いつでも笑顔。
あの言葉を言われるまでは、人気者だったのになあ。と。

やがて兎は村を追い出されました。
これも、誰かが言い出したことに、周りが惑わされてしまって決まったことでした。
兎は、そうしてこの森の小さな小屋に、ひとりぼっちになりました。

兎は、寂しかった。
ほんとうは、寂しかった。
そして悲しかった。

けれど兎に、仲間を恨む気持ちはさらさらありませんでした。
兎は悪意を悪意で返さない、正しい心を持ち、心優しいまっさらな気持ちを持っていたからです。

それでも兎は淋しかった。
ほんとうに、淋しかった。
そして哀しかった。

くる日もくる年も、兎はひとりぼっちでした。


 *


兎は、ある満月の夜、湖で月見をしました。
月見団子は勿論、兎のお手製です。
水面に映るもうひとつの満月を見ながら、兎はなんだかもやもやとした気持ちになりました。
この時初めて、不安な気持ちを知ったのです。

このままひとりぼっちなの?
いやだよ。ずっとひとりぼっちなんていやだよ。

月見団子をひとつ、湖に浮かべます。
不安定な心を指先に集めて、月見団子を湖に流すことで気持ちを改めようと考えたのです。
ふわりたゆたう月見団子は、水面に映る満月まで流れてゆきました。

けれども兎の心がすっきりすることなど、やはりなく、兎はひとり目を伏せました。
細い睫毛が切なげに震い、瞬きをすると、何故だかせきをきったように、涙が溢れました。
大粒の涙でした。

ああ、お月様の意地悪、と湖の月に目を向けると、湖に、ヒトに姿がよく似たモノが月を背に立っていました。

兎は、仲間がヒトや猟銃を恐れているのを知っていましたが、そのヒトには、何故だか恐怖心や躊躇、拒絶、何ひとつ感じませんでした。
混乱すらなく、むしろ涙は引っ込んでしまったくらいでした。

どうしよう。逃げなきゃ、いけないのかな。

けれども何故だか、危険な感じなど全くなかったので、兎はいっそう戸惑います。
兎が悩んでいるうちに、ヒトは兎の傍まで来てゆっくりと隣に腰掛けて、そっと兎の小さな額を撫でました。
それはそれは、優しい微笑みで。

兎はヒトが湖の中心に立っていたのに、ひとつも濡れていないのを不思議に思いましたが、最初に口にした言葉はこうでした。


あなたは、だれ?


するとヒトは答えました。


僕は月の化身だよ。と。


そしてこう続けました。


いきなり現れてびっくりさせてしまったね。ごめんよ兎さん。
ああ、なんと言ったらいいのだろう。
あまり順を追って話すのは得意ではなくてね。
単刀直入に言ってしまおうか。
急な話なんだけれど、僕を君のうちに住まわせてくれないか?
僕とお話しよう、僕と友達になろう。と。


兎は戸惑いました。
だっていつもひとりぼっちだったのに、初対面の月の化身と名乗る者がいきなり、友達になろうと言うのですから。
何より、月の化身だなんて怪しげな自己紹介を信じられませんでした。
だって何処からどう見ても、ただのヒトなのです。

ぱた、と目を合わせると、彼の眼は、兎と同じ蒼い色をしていました。
疎ましく思い始めていた、蒼。
なのに、その蒼をきれいだと思ったのは何故だろう、兎は更に戸惑いました。

戸惑う兎を見て、また優しく微笑み、ヒトは言いました。


兎さん、おうちに餅米はあるかい?
僕、お餅をたくさん食べたいんだ。
一緒に食べよう。
僕がこねるから、兎さん、君は杵でついてくれるかい?


兎ははっとしてヒト、否、月の化身を見上げました。
いつもひとりぼっちでついていたお餅。
時間が掛かりすぎて、少しかぴかぴになってしまうお餅。

それを友達と一緒につけるだって?
柔らかな温かいお餅、更にひとりぼっちで食べないだって?
なんて幸せなことなんだろう!

兎はたいそう喜び、不信感はどこへやら。
月の化身を家へ招きました。
汚い部屋だけど、二人でも十分な広さだから大丈夫さ! と、兎はさっと立ち上がりました。
そして月の化身の手を取り、はやくはやくと促しました。

すると月の化身は困ったように笑い、


今は月見団子を一緒に食べよう。
一緒にお月見をしようよ。
そしてうちに帰って、たくさん話そう。
朝日が昇るまで、たくさん話そう。
君のことを聞かせて。


兎は心にふわりと広がる、こんなあたたかさは初めてでした。
たちまち眼を潤ませ、溢れそうな涙をいっぱいに浮かべて、今までの自然に作ってきた笑顔でない、心からの笑顔で、うん! と力いっぱい頷いたのです。

大粒の涙が、月に照らされて、光に満ちたそれはたいそう美しく、そして純粋でした。





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