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 きみは七色を感じていますか(1)


僕には両親がいない。
物心ついた頃から祖父と祖母に育てられ、今までの十八年間を生きてきた。
父親は病で亡くなり、母親は僕を産んですぐ衰弱で亡くなったと聞いていた。
僕はその話を第三者の目線で聞いていた。
哀しいやら寂しいやらの感情はなく、そうか、としか思わなかった。
ただ、自分は学校などの集団行動をする中では異端になるのだろうな、と蔑んでいた。

現にクラスメイトは両親がいないことを度々笑いの対象にし、僕をからかい倒した。
大抵はそういった悪意あるものだったが、たまに全く邪気のない場合もあった。
『いいなあ、怒鳴り付ける母ちゃんがいなくて』
そんな言葉で環境の違いを痛感した。
そしていつも泣いていた。
声をあげて泣いていた。

そんな時、唯一幼馴染みだった彼女が何処からともなく現れては、決まってこう言った。

――――

「ねえ、雨降ってきたよ」


はっと我に返ると、彼女がこちらを見て困ったように苦笑していた。
ペンに付いていたミニ消しゴムの先を僕の鼻にちょんと押し当てて、どうしよっか? と首を傾げている。
僕は取り繕うように平然を纏い、彼女と目線を交わす。


「傘持ってきてるから大丈夫。ほら、ここの問題」
「わかんない」
「一問目からそればっかでお前な。自分で考えてみろ」
「わかんないもん」
「いいから、や、れ!」


ぱこっ、と筆箱(一応布製だ)ではたくと、あう、と彼女が鳴いた。

教室の窓辺の席。現在午後三時丁度。
僕と彼女は課題の問題集に取り組んでいた。
僕の使い古された問題集ではない。
彼女の新品同様の白紙の問題集に、だ。

どうやら僕が過去を振り返っているうちに、問題集のページの余白に落書きをするのにも飽きてきたらしい。
が、僕は前言撤回しなければならない。
彼女は僕がぼうっとしている間に少々調子に乗りやがったようで、それは白紙ではなく、ただの落書き張になっていた。

あああ、このやろう、と呻きながら彼女の落書きを粗方消すと、彼女が悲鳴をあげる。
力作たちが! と。
どうせ力作を描くなら美術の授業の時にしてほしい。もっとも、問題集を埋め尽くした謎の生命体という名の彼女のオリジナルキャラクターでは高成績どころか生活指導室行きなのだが。


「疲れたよ。大体私は傘持ってきてない」
「そうだろうと思ってお前の分も持ってきてる。ここの問題やれ」
「おお! さっすが!」
「そんなことはいい! や、れ!」
「はいっ!」


慌てて彼女が、また白紙に戻った問題集に取り掛かる、振りをする。大根役者だ。
そんな彼女は、自分をそうだとは一切思っていないのだろう、何処か楽しそうな瞳で窓の外をちらちらと見ていた。

ああ、そういえば、彼女は虹が昔から好きだったな、と思い至り、僕も数秒間黄昏た。
……けれどもそれも数秒間の話だ。
僕は直ぐに彼女の額をこつんとたたいて、問題集を進めるよう促した。
演技がばれていたのか、とさも意外そうに彼女が驚く。


「帰る気あるのか?」
「別にうちでやっても……」
「それ、今日提出!」


黒板に赤字で書かれた『本日数学課題〆切』の文字を指して、本格的に問題集に向かわせる。
頭に手を乗せ額と額を合わせて、ここはこう、こう解くんだ、と丁寧に教えてやる。
問題が解けたら彼女の頭を撫でてやる。
意外と彼女はやる気がないだけで飲み込みは早く、僕は助かっている。


「帰り、寄り道してパフェ食べようよ」
「それ終わったらおごってやるよ」
「まじ!? 私がんばる!」


彼女が目を輝かせてようやくまともに問題集に取り掛かり始めた。単純な心の造りをしている。
僕はというと、彼女の飲み込みの早さで問題集が進むに連れ段々とやることがなくなり、彼女の長い髪をポニーテールにしてみたり三つ編みにしてみたりして暇をもて余していた。

彼女は『みずいろの雨』という随分と古い唄を口ずさんでご機嫌のようだった。
どうやら彼女は僕に髪をいじられるのが好きらしかった。






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