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 満月の夜にきみと(1)


橙色の満月が仄かに輝く夜だった。
僕たちはベッドのうえでひっつきあって、お互いのぬくもりを感じていた。
三十六度のあたたかさと、彼女の黒髪から流れる少しのシャンプーの香りが、こんなにも幸せを告げるものだったかと思う。

僕の耳許でもそもそしている彼女の黒髪に鼻をうずめると、くすぐったいよ、と彼女が身を捩る。僕の胸板を押し返す力は弱々しく、何しろ彼女が笑っているものだから、抵抗とは到底言えないだろう。

彼女は甘えん坊だ。そして、少し気分屋。
先程僕から離れようとしたばかりだというのに、僕の胸にすり寄ってきた。
仔猫みたいな、可愛らしい彼女。
今度は僕が、くすぐったいよ、と笑いながら、悪戯に彼女の桃色の唇に小さな口付けをした。

こうして小さな口付けをするとき、彼女が一瞬だけきゅっと瞼を閉じる仕草が堪らなく好きだ。なんだか子供っぽくて、その後必ず照れ隠しに僕に抱きついてくるのを知っているから。
ほら、抱きついてきた。


「不意打ちちゅう禁止」
「そんなこと言ったって好きだろ」
「好きじゃないもん」


ぷう、と膨らませた彼女の頬をつついて空気を少しずつ抜きながら、僕はさもつまらなさそうにふうん、と言う。
関心がないですよというように。
すると彼女は、何処か慌てたように僕の顔を覗き込む。
おこった? おこっちゃったの?
彼女が不安げに僕を見詰める。
今夜の満月のように、朧気で今にも泣き出しそうな顔も、僕は大好きだ。


「さっきのうそ、すきだよ」


小さく、本当に小さく呟いて僕の胸に顔を擦り寄せる。シャンプーの香りがふわりと空気に浮かぶ。
すきだよ、だからきらいにならないで。
そう続けていっそう強く僕にしがみつく彼女。
ちょっと意地悪しすぎたかな、と反省させるくらい大真面目で、不安げな声音。


「ちょっと意地悪しただけだよ、そんな顔しないで」


そんな顔も好きだけど、君には笑っていて欲しいからね。
黒髪を優しく撫でてやると、彼女が先程とはうってかわって嬉しそうな笑顔で今度は僕の首に抱きつく。ちょっと苦しいんだけど、これが彼女の愛情表現なら受け止めよう。
華奢な背中に手をまわして、僕は彼女を抱きすくめる。
足をぱたぱたとばた足する彼女は、幸せそうにふわふわ笑っている。
このぬくもり、すき。
そんなこと言うと、離してやらないからな、という言葉を喉の奥に押し込めて、彼女の髪をすいた。

中学生のような恋愛を、僕たちはしている。
おっかなびっくり手を繋いで。
啄むような口付けをして。
じゃれあって、笑い合って、時には喧嘩をして、でも翌日には仲直りしていて。
僕はそれでいいと思っている。
それが僕たちのかたち、在り方だというのならば、喜んで受け入れよう。
感情豊かなかわいいかわいい彼女と共にいられるのならば。


「きす、したいな……」


彼女が、掠れた声で呟く。
いつもと何処か違う、彼女の囁き。
不審に思い彼女の顔を覗き込むけれど、途端僕から離れて、シーツにくるまって隠れてしまった。僕に聞こえてしまうとは思っていなかったんだろう。
彼女の最大の照れ隠しである、隠れる、という行動。
もぞもぞと動く塊をつつくと、びくりと震えて距離を取られて。


「キスはたくさんしてるじゃないか?」


苦笑混じりに、不満? とシーツに包まれた彼女に訊くけど、あーとか、うーとか唸るだけで、答えてはくれなかった。
けれど、僕は分かっていたんだ。

きす。

いつもキスを『ちゅう』と言う彼女が、『きす』と言った。
それだけでわかる。
彼女は拙い中学生のような恋愛の中で、また一歩進みたいと思ったのだと思う。
でも照れくさくて、隠れちゃったんだ。

今のままでもいい。
ベッドでじゃれあって小さな口付けをしてそれからそれから。
でも、変化が欲しいという願望も分かる気がする。
僕たちは、互いの舌の味を知らない、から。
知らないものには興味が湧く訳で。






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