◎ 花の香りを残してく(2)
そんな“彼”に寄り添うひと。恋人。
“彼女”は銀木犀の香りがした。
口惜しいくらいにお似合いで、憎いくらいに馴染んでいる二人。
“彼女”。
私がテリトリーに踏み入れてはいけない理由。否、これでは多少語弊が生じるだろうか。言い直そう、私がテリトリーに『踏み入れられない』理由。
楽しそうに笑う二人。
たまに喧嘩するけど、次の日には仲直りしている、覚えたての恋をする中学生のような仲睦まじい二人。誰から見ても幸せそうにしか見えないし、実際幸せなのだろう。
「うらやましい」
貴方の隣が、私であれば私はどんなに幸せだっただろう。せめて想いを伝えたいと思うのはいけないことだろうか。
そんなことをぼんやりと考えて、私は胸元で手のひらを握りしめた。なにも掴めない無力な手のひら。
あつい。いたいの。
確かに灯る炎がじり、と心臓を焼く、音がする。こころの火傷に私は涙をただ流していた。
涙はこころの炎に反してひどく冷たく、まるで真珠のように美しかった。涙の膜でぼやけた視界には、やはり金木犀と銀木犀が笑っていた。
幸せ、恋人同士の幸せ。
どんなに甘いだろう。
きっとどんなお菓子より、蜂蜜より甘いんだ。そしてその甘さを私は、知る術もなく泣き時雨るのだ。
私は、貴方にこの想いを告げることなど一生を経てもない、そう言い切れる。
いつか消えて失せていく気持ちにこれ以上振り回される程、私は子供でもない。けれど、涙するくらいには。
貴方にこの胸の内に残る火傷の痕は見せられい。癒えぬ痛みをずくずくと感じながら、私はまたひとつ真珠を生む。
私の言葉などに耳を貸さなくても良いのだ。
すっと何事もなく今まで通りに、目が合えば挨拶をしたり、私が遠くから貴方を見ていればそれで済むこと。
……しかし、吁、私は嘘つきだ。
本当は気付いて欲しい、私のこの熱く静かな炎に。
けれどそれは叶わないのだろうな。
貴方は今、幸せなのだから。
大切なひととの時間を共有し、生み出し、紡いでいるのだから。
私など、所詮貴方の物語では女生徒A、くらいにしか認識などないかな。
雑踏や喧騒に紛れた女生徒A。
想いを伝えたい。そして『ごめん』、それが聞けたら満足だ。
けれど、きっと私は伝えない、『ごめん』の一言も聞かないまま女生徒Aを演じきるのだ。
どんなに伝えたくても、もうだめ。
女生徒Aには、シナリオを変える力がない。
そう、貴方はただ女生徒Aの気持ちを知らない主人公を演じていて。
おねがい。
そうして私は今日も、雑踏や喧騒に紛れて、こころに燃え盛る炎を感じながら、ろうそくが絶えるのを、ただ待つのだ。
終
葵色さまへ!
―リクエスト内容―
百人一首51番
『かくとだに えやはいぶきの さしも草
さしも知らじな 燃ゆる思ひを』
藤原実方朝臣
(せめて、こんなに私が恋い慕っているとだけでもあなたに言いたいのですが、言うことが出来ません。伊吹山のさしも草ではないが、それほどまでとはご存知ないでしょう。火のように燃え上がる私の思いを。)
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