短編ログ | ナノ
ダッサいよねぇ

これのside_Todomatsu

出かける母さんと入れ替わるように家にやってきたのは、僕たちの幼馴染だった。足音が近付いて、居間の襖が開いた。

ちょっと胸元がそわそわしたけど、相手はあの名前だ。今日は学校も休みだし、どうせ気の抜けたラフな格好なんだろうな…。うわ、しかも今日化粧すらしてない感じ?
マスクで隠すとか一松兄さんかよ。

「あれ?トド松だけ?」

そうだよ、ここには僕しかいないよ。
というより、なんで名前、ちょっとだけ意外そうな顔してるのかな。こっち来る前に僕と連絡取り合ってたこと忘れちゃった?

「兄さんたちなら二階にいるけど。てか、また閉め出し?今月だけで何回目?」

あいつは、僕が、イマドキの女の子っぽい可愛いファッションを教えてやっても、普段に活かそうとなんてしちゃいないんだから。せっかく、せっっっかく、この僕がプロデュースしてやるって言ってるのに、僕の言葉なんて右から左に流すんだ。

「ダッサいよねぇ」

僕が彼女のためを思って割いてやった時間のこととかお金のこととか考えると、だんだん腹が立ってきて、つい言わなくてもいいようなことが口から出ていっちゃう。

「……むだに腹立つようなこと言わなくていいのに」

だからいつも、名前はこういう顔をする。
僕はただ、自分の幼馴染には女の子らしく、可愛らしくいてもらいたいだけなのに。これっぽっちも、僕の気持ちなんて伝わってないんだろうな。この子には。

「だって、先週もだよ?学習能力ないの?」
「や、だって先週は…」
「普通、鍵持って家出るでしょ!僕だったら、ゼッタイそうするから」

彼女はニートな僕ら六つ子とは違って、自分のしたいことのために大学に通っている。つまり、華の大学生で、同世代カースト圧倒的底辺の僕ら六つ子とは住んでる場所が違う。

だから彼女は、人生で一番きらっきらピカッピカしてていいし!
友達とはしゃいだり遊んだりしていいし!
あと……(恋とか、したり…)つまり、楽しんでてもいい時期なのにさぁ…なんでこう、こいつは干物なんだろう。

「しかもまたすっぴん!?」

僕がもし女の子だったら、名前みたいなのにはゼッタイなってない。自分の可愛いところとか知り尽くして、ゼッタイ良い男つかまえて手玉に取ってると思う。

「マスクしてたらバレないとでも思ってるわけ?」
「化粧して行くような用事じゃなかっただけですー」
「や、ダメでしょ!」

僕だったら、化粧だって極めるし、毎日着る服にだってこだわるし。カラ松兄さんみたいにはなりたくないけど、前髪だって気にして、幼馴染の家に行くのだって髪型とか気にして手鏡持ち歩くと思うよ。

「僕たちと違って、仮にも名前ちゃん華の大学生でしょ!仮にもぉ!!」
「でも今日、休日だし。学生とか関係なくない?」
「関係あるの!」

でも、名前の薄い鞄の中には手鏡なんて女の子らしいものは入ってない。せいぜい、女友達からオススメされて僕が買ってあげたリップクリームくらいでしょ。もう、ぜんぜん、ダメ。

「休日だろうがなかろうが、女の子がお化粧しないで外出るとか!アリエナイ!ダメ!僕が許さない!」

未だに突っ立ったままの幼馴染を睨み付けて言った。名前は僕の顔を見て一瞬ぎょっとすると、僕の隣りに急にしゃがんで僕の方にぐっと体を近付けてきた。えっえっえっ!

「はいはい、分かったから落ち着いて」

なにこれ、どういう状況!?
近い、んだ、けど…

「トッティ片付けて」
トッティ片付けてって何!?

こんな至近距離、久し振りすぎて、どうしたらいいか分かんないんですけど!てか、化粧しなくても普通に肌のきめ細かいし、つけま付けなくても睫毛長い。においも僕らとは違っていて…僕がいつも遊んでいるような女友達のように甘ったるくはない。
けど、でもシャンプーとかリンスみたいなのの柔らかくて清潔な香りが幼馴染から漂ってくる。なんか、普通に…こいつ、実は……

「カラ松の鏡で見てみ?すっごい顔してるよ」

あーーー!ちょっとこいつのこと見直しかけてたのに!!!
今の発言で、全部台無しになった!しかも僕に体寄せてきてたの、あんなクソサイコパスの鏡取るためかよっ!!

今、すんごい上げて落とされた気分だ。しかも、この幼馴染のこと、ちょっとでも女の子だと思った自分、最悪。手鏡受け取りながら自己嫌悪。カラ松兄さんの鏡を握り潰さん勢いで両手で持っていると、ポフッと僕の頭に何かが置かれた。
えっ――――今度こそ思考が停止した。

「せっかく他の松より、トド松はかわいい顔してるんだから、にこにこしてた方がいいのに」

名前が僕の頭を撫でている。
しかも、僕のことを褒めてるような発言。

「私がむかつくようなことを言ってくる時のトド松は、性格がひん曲がってそうな意地悪な顔してるんだよね」

性格がひん曲がってそうな意地悪な顔でごめんなさいね!
ちょっとイラッとしたけど、今の僕には彼女に反論しようだなんていう余裕がなかった。

「そういう下種な顔も、この兄弟の中にいたら装備してなきゃ生き抜けなかっただろうけど、」

僕の頭をやさしく撫でてくれていた手が、ゆっくりと離れていく。正直言うと、めっっっっちゃ、名残惜しい。もっと撫でてよって言いたかったけど、言えない。人に甘えるのは、僕、得意なはずなのに…(なんで、だろう…)

「私の前では笑っててほしいな。だって、そっちの方が…」

それは、僕の幼馴染が零した、ド天然な無意識による、松野トド松への殺し文句だった。

「え、なんで今度は赤くなってんの?」

キョトンとした顔で僕を見る名前。
こいつ、思ってたことが全部口に出てたの気付いてないな?

「ほんとさぁ…名前ちゃんさぁ、なんなの…もう……」
「…意味分かんない」
「僕の方が意味分かんないんだけど!!なにその顔!」

僕は、鏡をバシンとこたつの上に勢い良く置いた。鏡にヒビが入ろうが、割れようが、もう構いやしなかった。

「えっ?いつもこの顔でしょ…?」
「無自覚なの!無意識であんなこと言ったの!?むしろ、口に出てたこと気付いてなかったの?はぁ!?」

あんな風に笑う、きみなんて知らないよ

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20160319

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