短編ログ | ナノ
ダサイかな?

「おじゃまします」
「あら、いらっしゃい。どうしたの名前ちゃん」
「閉め出しくらったんで、親が帰ってくるまで待たせていただいてもいいですか」

インターホンを押さずに、磨りガラスの引き戸を開ける。そこには、丁度出かけようとして靴を履きかけている松代おばさんがいた。

「もちろんよ。クズニートの息子が三人ばかし部屋にいるけど、それで良ければ」
「あ、そういうの全然気にしてないんで。むしろ、空気みたいな?」
「そうよね。名前ちゃんだものね。あ、おばさんこれから出かけちゃうけど、お茶とかお菓子とか名前ちゃんの好きなようにしていいからね」
「あ、ありがとうございます」

松代おばさんは「自分の家だと思ってゆっくりしていってね」と気前よく笑って出かけていった。私はおばさんを見送って、靴を脱いで部屋に入った。いくら勝手知ったる松野家と言えど、ちゃんと履物は揃えたさ。それくらいの常識はあるつもりだ。親しき仲にも礼儀ありっていうやつだ。

「名前ちゃん、いらっしゃーい」
「あれ?トド松だけ?」
「兄さんたちなら二階にいるけど。てか、また閉め出し?」
「そうだけど」
「今月だけで何回目?」

居間にいたのは、スマホをいじるピンクのパーカー。
松野家の末っ子トド松だった。

「ダッサいよねぇ」
「……むだに腹立つようなこと言わなくていいのに」

今月に入って二回目だと記憶している閉め出し。
母さんが、実家に帰ってきている私のことを忘れて、外に出かけてしまったのだ。もちろん鍵をしないという不用心な人ではないので、出先から疲れて帰ってきた私は家に入らせてもらえなかった。

「だって、先週もだよ? 学習能力ないの?」
「や、だって先週は…」
「普通、鍵持って家出るでしょ!僕だったら、ゼッタイそうするから」

トド松は、他の兄弟たちに末っ子として扱き使われることが多かったせいか、私より優位に立ちたがるところがある。と、私は彼の言葉の節々から感じることがある。今みたいに。

「しかもまたすっぴん!?」
「ばれた?」
「マスクしてたらバレないとでも思ってるわけ?」
「化粧して行くような用事じゃなかっただけですー」
「や、ダメでしょ!僕たちと違って、仮にも名前ちゃん華の大学生でしょ!仮にもぉ!!」

私が何かで失敗をすると、いつも馬鹿にしたような口振りで素なのか態となのか。とにかく、私がむかつくようなことを言ってくるのだ。(せっかく他の松より可愛い顔してるのに)そんな可愛くないこと言ってくるトド松は嫌いだ。

私はなるべくむだのないように生きていたい。どうすればむなだこと、つまり、面倒なことにならないかと考えて生活している。だから、むだな争いごとはこのまない。ムカッとして腹を立てるのも、私にとってはむだな労力に感じることだった。

たとえば、私は、この末っ子曰く、あまり…というか、かなり、世間一般で言う女の子らしからぬ生き物であるそうだ。自覚がないわけではない。

ただ、一般の女の子たちが興味関心を持つものに対してそういう気持ちになれないだけ。トド松に言わせれば、そこからして私が女の子としての感性が枯れているらしい。しなしなに乾涸びているらしい。

「でも今日、休日だし。学生とか関係なくない?」
「関係あるの!休日だろうがなかろうが、女の子がお化粧しないで外出るとか!アリエナイ!ダメ!僕が許さない!」

なぜ、幼馴染の彼に、私が女らしくないところをそこまで言われなければならないのか分らない。友達のトト子は、今の私のままでも十分自分の引き立て役になってくれるから「名前は名前のままでいいの!」と言ってくれるのに。

私のあれこれが気になるなら、関わらなければいいのに。わざわざ自分の美意識に反するとか言って、私の着ている服に口出ししたり、化粧しないのを怒ったり。(ほんとうに面倒くさい子だなぁ)

「はいはい、分かったから落ち着いて。トッティ片付けて」
トッティ片付けてって何!?

私は大抵、こんなことで怒らなくていいように、気は長くもっている。
私がむかついて怒って、いかりをぶつけて、そのあとの気まずさとかぜったいめんどいし、仲直りしなくちゃなんないとか、ぜったい面倒だと思うんだよね。なんといっても、怒るのってチョロ松見てると疲れるだろうなって思うし、体力いりそうだもん。

私はトド松の隣りにしゃがんで、こたつの上に放置してあるカラ松のものらしき手鏡を取った。それをトド松に手渡して、彼に自分の顔を見るように言う。

「カラ松の鏡で見てみ?すっごい顔してるよ」

トド松は、本当に私に対してむだに労力を消費してると思う。
私たち、ただの幼馴染なのに。

せっかく他の松より、トド松はかわいい顔してるんだから、にこにこしてた方がいいのに。私がむかつくようなことを言ってくる時のトド松は、性格がひん曲がってそうな意地悪な顔してるんだよね。
そういう下種な顔も、この兄弟の中にいたら装備してなきゃ生き抜けなかっただろうけど、私の前では笑っててほしいな。

だって、そっちの方がめんどくさくないでしょ。

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20160319

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