昨日のことなんて無かったように、春野くんはいつもと変わらず中庭にやってくる。
太陽みたいな笑顔を浮かべて、日陰に隠れる僕をつかまえる。
お昼を一緒に食べるようになって、二週間。
今日も中庭に来るんだろうかと、ぼんやりと廊下を歩きながら考える。
春野くんのことを考えていたから、廊下でおしゃべりする女の子みたいに可愛い子達の噂話に、つい耳を傾けてしまった。
春野くんの話だったから。
「春さま、もう一ヶ月だよね…」
「片思いの君に告白し始めてからでしょう?」
「本気なのかな…春さま。最近お相手してくれないし。」
「春さまが人を口説くのはよくあることだけど、一人に一ヶ月もかけるなんて初めてだよね」
「片思いの君の正体すら教えてくれないし。」
「ここ二週間くらいは、お昼も片思いの君と食べるからって断られて…」
ドキリと心臓がはねる。
片思いの君って、もしかしなくても僕のことなんだろうか。
春野くんは、学園で春さまと呼ばれている。
それくらい人気のある彼に告白され続けて、制裁を受けないのは彼が僕の名前を伏せてくれているからだったのか。
目に留まらないように、不自然にならないくらいの速度で廊下を、彼らの前を通り過ぎる。
ドキドキと鳴る心臓に、目頭が熱くなった。
僕は顔を晒すのがこわい。
人と接するのが怖い。
大事だった幼馴染。だいすきで、いつも一緒で。
純粋に慕ってた。
言葉にだしてその思いを伝えることに、怖がってなかったあの頃。
「すきだよ、たーくん」
その瞬間に、裏切られた。裏切られたって表現は、おかしいのかもしれない。
「お、おれはきらいだっ!ゆうなんて、きもちわるいもん!」
息が止まるかと思った。
え、と唇から漏れた言葉に、幼馴染の彼は顔を赤くして怒鳴る。
彼は僕のことをはじめから好きじゃなくて。
いつもかまってくれていたのは、きっと僕が一方的に纏わりついていたからしょうがなく、ってことだったのだろう。
きもちわるい思いをさせてたなんて、今考えるとひどく申し訳ない気分になる。
でも、小さい僕はその言葉に絶望して。
息をころして。
顔をかくして。
それからずっとだれにも気持ち悪い思いをさせないように、ひっそりと生きてきた。
僕は、いるだけで人を不快にさせるから。
大事な人を嫌な気分にさせるくらいなら、最初っから大事な人なんて作らなければいい。
春野くん。
太陽みたいに、笑う彼。
僕なんかの声を、綺麗だといってくれた。
好きだと言ってくれて、僕はいつも首を横に振っているけど、たまらなくうれしかった。
でも、僕にかまう人間なんてきっと冗談やからかいに決まっているから。
信じないように、いつも首を横に振ってきた。
目頭が、あつい。
彼らの言うことが、もし本当なら、どれほどうれしいことだろう。
「あれ?秋川、今日は遅かったな」
…いつの間に僕は中庭に来ていたんだろうか。
ベンチに腰掛ける春野くんは、立ち尽くす僕にゆったりと微笑みかける。
おいで、と手を差し出されて、ふらふらとその手に誘われるように春野くんに近づく。
ふらりと差し出した手をつかまれて、そのままベンチに腰掛ける春野くんの上にダイブしてしまった。
「秋川、」
捕まれたままの手。するりと春野くんの指先が、僕の手の甲をくすぐる。
声に誘われるまま、顔をあげて春野くんをみつめた。
「好きだぜ、秋川」
楽しそうに、春野君は笑う。
「返事は?」
笑って、いつものように首を傾げる春野くん。
いつもは横に振る首を、気付けば縦に振っていた。
こくんと頷いて、春野くんの顔が見れなくてそのままうつむく。
「……。」
腕が、離される。
黙ってしまった春野くんに、戸惑いながらも顔を上げた。
そして、後悔する。
「まじで?いいの、秋川?」
太陽みたいな笑顔を浮かべているのに、目だけは。
いつもキラキラしてる目は、蔑むように僕を見下ろしていた。
その目に、高鳴っていた心臓がとまる。
春野くんは、いつでも楽しそうに笑っていた。
目をキラキラさせて。
そう、ゲームでもしてるように、その目を輝かせて。
ひゅ、と息をのむ。
ゲーム、そう。ゲームだったんだ。
僕が、春野くんの告白に、落ちるか落ちないかの、ゲーム。
春野くんの冷えた目を見て、先ほどとは別の意味で目頭が熱くなる。
僕を見下ろす春野くんに、首を横に振る。
「なに。どうしたの?」
「……」
「付き合うんでしょ、俺ら。オッケーだしたもんね、秋川」
無言で首を横に振り続ける。
苛立ったように、春野くんの手が僕の腕をつかむ。いたい。
その手をふりほどいて、春野くんの上から立ち上がった。
「つき、あわない…。もう、…もう僕にかまわないで…!」
それだけ言って、駆け出す。
信じたら、裏切られるんだ。
顔を真っ赤にして怒鳴る幼馴染と、春野くんの冷たい目が頭の中を掻き乱す。
ばかみたいだ。
僕なんかが、期待しちゃだめだったんだ。
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