「すきだよ」

そういって、にこりと笑う。
そうすれば、誰だって、どんな奴だって頬を染めて頷いた。
ほぼ初対面にもかかわらず、誰もが頷く。
俺の告白に舞い上がって、嬉しそうに。

ぼくも。
おれも。
すきだよ、と返される返事に笑顔で応えて。
心の中で嘲る。

初対面なのに?俺のどこがすきなの?
顔でしょ。と、悪友は呆れた顔で言っていたけど。

いつしかゲーム感覚になっていた。

中には返事を渋ってみせる奴も居たが、そういう奴らは大抵、渋るのも恋愛の駆け引きのうちだという感覚の奴らばかりで。

駆け引きを楽しむ。
駆け引きとは名ばかりの、ただのゲーム。
アイツは俺に落ちるかな、どうかな。
過程だけが楽しくて、結果が出てしまえばただただ飽きた。
それと同時に、所詮は顔かと。どこかで諦めて。




俺の上からなくなった重みに、呆然とする。

秋川、と伸ばした手は届かず。
彼を追うための足は、棒にでもなったかのように動かず。
彼の名を呼ぶ声は、音にならなかった。



秋川との出会いは偶然だった。
偶々立ち寄った中庭で、ひっそりとご飯を食べる後姿。
人から忘れ去られたような古びたベンチに腰掛けて、多いとはいえない弁当をゆっくり片付けていくソイツ。

興味本位で近づいた。
ゲームの対象にしたことがない人種。
恋愛に縁がなさそうな彼は、俺に落ちるかな。



近づいて一週間目で、はじめて彼の声を聞いた。
甘く響くような声に、美声というのはこのことだと知った。
親衛隊の子達から俺の声は美声だと絶賛されるが、比べ物にならない。
耳に馴染む、綺麗な声。
もっと聞きたい、聞かせて、俺の名前を呼んで。
俺に乞われるがままに、はるのくん、と俺の名前を紡ぐ秋川。

必死に紡ぐ姿にキュンときて、頬に手を伸ばす。
髪の毛で目は見えないけれど、鼻筋はすっきり通っていて口元も形が整っている。
声に見合った綺麗な顔をしているのだろう、となぜだか確信をもっていた。

まあ、顔を見ることは出来なかったうえに怯えられて逃げられてしまったけど。


いつしか、何度好きだと紡いでも頷かない秋川に、なぜか焦燥を抱くようになった。

俺が秋川の元に通い始めてから一ヶ月。
周りからも本気の恋だと囁かれ始めて、親衛隊の子達に問い詰められることが多くなった。


その日は、珍しく中庭に秋川がいなかった。
彼のいないベンチに腰掛けて、空を見上げる。
首を横に振る秋川に感じる焦燥感。

ザリ、と地面を踏む足音に気付いて前を向けば、秋川がいた。

「あれ?秋川、今日は遅かったな」

ぼんやりとこちらを見つめる秋川。
どこか様子がおかしい。おいで、と彼に手を差し出す。
いつもならそこで首を振るだろう彼は、ふらりと俺に手を差し出した。
なんとなくその手をつかんで引っ張る。
途端にバランスを崩した秋川が、俺の上に圧し掛かった。

身長は俺と同じくらいなのに、軽すぎる体重。


「秋川、」

ゴツゴツとした俺の手とは違う、繊細な手の甲を指先でくすぐる。
こちらを見上げる秋川に、ふと微笑む。

「好きだぜ、秋川。・・・・・・返事は?」

いつものように、彼は首を横に振るのだろう。
そう思って見つめていたら、ちいさく首がたてに振られた。


パチンと、頭の奥から冷めていく感覚。


・・・なんだ。

「まじで?いいの、秋川?」

こいつも、今までの奴らと一緒か。


そういって笑えば、頷いたまま俯いていた秋川が顔をあげる。
そして、はじかれたように首を横にふりはじめた。

その動作に苛々する。

「なに。どうしたの?」
「……」
「付き合うんでしょ、俺ら。オッケーだしたもんね、秋川」

秋川はただただ首を横に振り続ける。
喋らない秋川に苛々して。

頷いた秋川に、苛々して。
そのくせ、いまは首を横に振り続ける彼。
それともなに?駆け引きのつもり?
嘲るような考えが脳裏を過ぎる。
彼がそんなこと出来るような性格じゃないとわかっているのに。

腕をつかめば、すぐさま振り払われた。

「つき、あわない…。もう、…もう僕にかまわないで…!」

泣き出しそうな声。
そうして、俺の上から無くなった重み。









「一ヶ月も通いつめられればそりゃあ、顔とか関係なく好きになるときは好きになるでしょ」

悪友は、呆れたようにそう言った。

「というか、聞いてる限りそのアキカワくんは、顔が綺麗な輩を避けるタイプだし。」

重ねて言われる言葉に、確かにと頷きかける。

「そーんな純粋な子をお前の思い込みで傷つけたなんて、前々から思ってたけどほんっとサイテーだね」

思い込み、って。

「顔がいいから誰も彼もお前に媚をうる、なんてバカじゃないの。」

携帯をいじりながら、悪友は言葉を続ける。

「お前がサイテーな人間だから、集まってくるのもそーいうのばっかになるんだよ。ホントにイイコが、傷つけられるのがわかってるお前の傍になんて近寄るわけないじゃん」

あーあ、アキカワくんはお前のことを好きになった唯一のホントにイイコだったのかも、なのにねー。


言うだけ言って携帯を閉じた悪友は、じゃあヒトと約束してるから。と部屋を出て行った。




「はるの、くん」

綺麗な声で俺の名前をよんで。
薄く色づいた唇か、ふわりと微笑む。

気付いた感情に、取り戻せない関係に後悔が押し寄せる。


俺は、悪友のいうとおり、ただのバカでサイテーな人間だった。



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