「秋川ー」
明るい声が僕の名前を呼ぶ。
親しげに肩に置かれた腕をどけて、近すぎる距離に一歩身を引く。
「逃げんなよ。秋川、好きだぜ」
からりと太陽のように明るく、けれどどこか艶めいた笑顔を浮かべる彼。
学園でも評判の美男子、春野 恭平くんに、なぜか迫られている僕。
冗談のような口調で、楽しそうに毎日告白しにくる春野くん。
「返事は?」
にこにこと笑って首を傾げる春野くんに、無言で首を横に振る。
「あーあ、今日も振られちゃった。」
しゃべってる内容とは裏腹に、ぜんぜん残念そうじゃない口調で、春野くんはやっぱり太陽みたいに笑った。
なんで、僕みたいな人間に告白なんてするんだろう。
春野くんは学内でもかなりモテる方で、派手な恋愛遍歴の持ち主だ。
今みたいに、中庭で息をころしてひっそりと、一人でご飯を食べる僕なんかとは真逆の人間。
春野くんは、ある日から突然、こうして中庭でご飯を食べる僕のところに来ては告白するようになった。
きっかけが何だったのか、どうして同じクラスでもない彼が僕のことを知っているかはわからないけど。
彼はキラキラとした楽しそうな瞳で、告白してくる。
それこそ、まるでゲームでもしているかのように。
「なあ、秋川。」
「…?」
「今日から俺もここでご飯食べていい?」
顔を覗き込まれそうになって、慌てて下を向く。
中庭は僕だけの場所じゃない。
食べるなら勝手に食べればいいのに、どうしてわざわざ僕に聞く?
じっとこちらを見つめる視線に、無言で首を傾げる。
「告白してるだけじゃ、いつまでたっても秋川は振り向いてくれないだろ?」
「……」
「だから、昼一緒に食べて仲良くなろう。俺のこと知って、それから告白の返事を聞きたい」
真剣さを含んだ声が、耳に入ってくる。
気付いたら、無言で小さく頷いていた。
「よっし、じゃあベンチ座るか。」
真剣そうな顔から一転、笑顔を浮かべて春野くんは自然な動作で僕の腕を引く。
すとん、と隣り合って座って。
違和感はたっぷりだけど、春野くんのことは一先ず気にしないことにして、お弁当の包みを解く。
「…いただきます…」
手を合わせて、小さい声で呟く。
その瞬間、となりで何かが落ちる音がした。
疑問に思ってそちらを見れば、ポカンとした顔でこちらを凝視する春野くん。
どうやら先ほどの何かが落ちた音は、春野くんの足元に転がるお弁当が原因のようだ。
「…?」
しばしの沈黙。
まじまじとこちらを凝視する春野くんに、首を傾げる。
そうすれば固まっていた春野くんは、弾かれたように僕の肩をつかんだ。
すこしいたい。
「すっげ、…秋川の声、はじめてきいた!」
興奮したように瞳をきらきらとさせ、春野くんは笑顔で僕をまっすぐに見つめる。
「すげえ、美声…やば…。」
美声?なにを言ってるのだろう。
「な、秋川。もっかいしゃべって、たのむ!」
がばっ、と頭を下げられて困惑する。
頭を下げられたことでよく見える春野くんの首筋が真っ赤に染まっていて、さらに困惑。
大事だった人から、きもちわるいと言われて、あまり喋ることが得意じゃなくなった僕。
僕の声を、美声だといってくれる春野くん。
どういう意図かはわからないけど、少しだけうれしかった。
「はるの、くん」
下げられた頭、春野くんのつむじを見つめながらそっと囁くように名前を呼ぶ。
「、秋川。」
春野くんが顔をあげる。
びっくりするくらい顔が真っ赤で、いつも余裕のある表情しか見たことがないからすごく新鮮で。
「秋川、もっと呼んで」
「、はるのく、ん?」
「もっと、もっといっぱい。」
「…はるのくん…、」
「秋川、」
春野くんの顔が近づく。
手が、僕の頬に触れる瞬間。
「だ、だめ…」
その手をつかむ。
声は、たまたま、偶然、春野くんの好みだっただけかもしれない。
でも、顔はだめだ。
人を不快な気分にさせる、僕の顔。
大事な人を…、幼馴染を不快にさせてたこの顔。
きっと春野くんだって、嫌になる。
息をころしてひっそりと学園生活を送ってた僕に、はじめて声をかけてくれた春野くん。
春野くんの手をゆっくりと離して、お弁当を鞄にしまう。
そのまま引き止める声も腕も、ぜんぶ無視して中庭から逃げ出した。
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