二人の桃子
私のクラスには桃子が二人いる。

一人は明るい茶色の髪はくるくるに巻かれ、目は大きくぱっちりしてふっくらした唇はいつもピンク色に染まっていた。まるでお人形さんそのものだ。人付き合いが上手い彼女の周りはいつも人で溢れている。まさにクラス人気者。

もう一人は重たい真っ黒な髪を二つに縛り、真っ赤な眼鏡を掛けている。愛想は無く、人と話すのが苦手。休み時間は専ら読書。

言わずもがな、私は後者の桃子である。

クラスに同じ名前が二人も居れば呼び分けなければならない。でも私の場合はその必要は無い。何故なら桃子と呼ばれる機会は私より彼女の方が圧倒的に多いからだ。私は今まで学校では名前で呼ばれる事は滅多に無く、殆どの人が私を九条、あるいは九条さんと呼んだ。

桃子と言えば私では無い。だから私は桃子と呼ばれても、決して振り返ることは無かった。


しかしそんな日常を変えた人が居た。

「桃子」

私の名前を家族以外で呼ぶ人が現れた。

倉持くんと付き合ってから少し経った後、彼は急に呼び方を名字から名前に変えた。

「おい桃子、」

「......」

最初はもう一人の桃子さんを呼んでいるのだと思って反応しなかった。このクラスでの「桃子」は私ではないから。

「桃子」と呼ばれたもう一人の桃子さんが倉持くんに擦り寄る。どうやら彼女は倉持くんに好意を抱いているようだ。

「なあに倉持?今まで名字だったのに、急に名前で呼ぶなんて...恥ずかしいよ」

猫なで声で近づいた彼女に、倉持くんは顔を思いっきり顰めた。

「あ?お前じゃねえよ、九条桃子を呼んでんのに何でお前が反応すんだ」

もう一人の桃子さんは驚いたようで固まっていた。倉持くんが私の髪を引っ張り拗ねたように唇を尖らせる。

「お前だって桃子だろ。俺が桃子って呼ぶのはお前だけだ」

バーカと言って視線を逸らした彼に、私は救われたような気がした。今まで私は学校では「桃子」になれなかった。自分はどうせ二番手なのだろうと、ずっとそう思っていたのに。彼は簡単に私を「桃子」と呼んだ。それがどんなに嬉しかった事か。

その後急に泣き出してしまった私を見て何か気づいたのか、彼は私の頭をそっと撫でた。


それから御幸くんと彼の彼女である栞那先輩も私を「桃ちゃん」と呼び、倉持くんもそれに便乗して時々「桃」と呼ぶようになった。

私は倉持くんのおかげでやっと「桃子」になれたのだった。


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