栞那と桃子2
藍原先輩と初めて会話した日から、校内で度々先輩の姿を見かけるようになった。先輩は基本的にひとりで行動をしている。購買に行くときや、トイレに行くとき、移動教室もひとりで移動しているのを見た。本人は全く気にしていないようでちらほらと聞こえる陰口も聞こえないふりをしているか、はたまた本当に聞こえていないのか颯爽と歩いて行く。たまに野球部の人や御幸くんと一緒にいることもある。その時の先輩は普段と表情を変えることなくクールなままだ。こうしてよく見かけるようになってから、私は先輩に興味を持ち始めていた。

「藍原先輩って、あんまり笑わないね...」

お昼にいつも私と一緒にご飯を食べてくれる倉持くんと御幸くんに聞いてみると、二人は少しだけ困ったような顔をした。

「俺といる時もあんま笑わないんだよなぁ」

「笑うっつっても口の端をちょっと上げるくらいだもんな」

歯を見せて笑ったとこ見たことねぇ、と倉持くんが言う。先輩は、笑うのが嫌いなんだろうか。周りがそうさせてしまったのだろうか。

「桃ちゃんの笑ったとこもレアだと思うけど」

「あ?そうか?」

「はぁーん、彼氏の前ではよく笑うんですか。ラブラブだな」

「っるせぇな!」

二人の会話に顔を赤らめつつ、先輩の笑った顔はきっと綺麗なんだろうなと、何故かそんな風に思った。


そんな会話をしていた数日後、私と先輩の距離を縮めることになるひとつの出来事が起きた。

放課後、その日は倉持くんに家まで送ってもらう約束はしてなかったのですぐに家に帰ろうとしていたが、玄関へ向かう途中で藍原先輩が屋上へ続く階段を上っていったのが見えた。少し気になって私も後を追い屋上の扉の陰に隠れていると、微かに話し声が聞こえた。

「アンタさあ、まだ御幸くんと付き合ってるわけ?」

「別れろって言ったよね」

屋上にいたのは藍原先輩だけではなかったようだ。声からして女、しかも複数。また御幸くん絡みだ。以前御幸くんが怒ったのをきっかけに虐めや陰口は少なくなったようだったが、未だに御幸くんを諦められない女子は大勢いる。それも相手は評判が悪い女子だ。彼女を潰そうとする人間はまだ沢山いるのだ。

「その件に関しては前にも言ったでしょう。私と御幸の学校生活にも支障が出るんだけど」

「っ......言葉で言っても分かんねぇのかよ!」

パァンと張りの良い音が屋上に響いた。外を覗き込むと、先輩は赤くなった左頬を押さえることもなく相手を睨みつけていた。私はポケットにあったスマホを取り出し、震える手を何とか動かして操作しようとした。

「もう一度言う。御幸くんと別れて」

「嫌だと言ったら?」

「ここから突き落とす」

思わず息を呑んだ。そんなことをしたら殺人事件になってしまう。自殺ということにして有耶無耶にする可能性もあるが、それほどまでに彼女たちは御幸くんが好きで、藍原先輩が憎いのだろう。

「じゃあ、嫌だ」

それでも先輩は臆することなく、その場に凛と立っていた。その姿は私には眩しく見えた。彼女たちは先輩になりたかった。御幸くんの彼女というポジションを欲しがった。だからこうして先輩を呼び出し、別れるように言った。私は先輩のようになりたいと思った。先輩のように自分の意思を言える強さ、周りに何と言われようと周囲の言動に流されない強さが欲しかった。それなら私にできることは?私は今何ができる?私はスマホを片手に屋上へと走った。


「待ってください!」

軽い足音とともに飛び込んで来たのは、倉持の彼女だった。彼女はカタカタと震えながら手にしていたスマホを掲げた。

「先ほどの会話、全て録音しました。写真もあります。あなた達がこれ以上藍原先輩に危害を加えるなら、これをネットにバラまきます!」

顔を真っ赤にし全身を震わせる姿はさながら小動物だ。でも、その脅し文句に私を呼び出した生徒たちは悔しそうに顔を歪め屋上から去って行った。暫し呆然として黙ってしたが、彼女はプルプルと震えた後、ぷはぁっと息を吐いた。どうやら息を止めていたようだ。

「き、緊張したー......」

彼女は脱力して地面に座り込んだ。私もそれに倣って目の前にしゃがみ込むと驚いたように私の顔を見上げた。

「何で来たの」

「よ、余計なお世話だと思ったんですけど、見てられなくて......」

「貴女が巻き込まれるとは思わなかったの?」

「あっ......考えてませんでした...」

その言葉に呆れて溜め息を吐く。頭は良さそうに見えたが、やっぱり人とのコミュニケーション不足で危機管理がなってないようだ。後で倉持に注意しておこう。

「で、撮影と録音はいつしたの?全然音が聞こえなかったけど」

「それが...」

急にバツが悪そうに視線を逸らして口籠った。

「あまりの緊張に、手が震えて......撮影も録音もできませんでした...」

「は?」

「さっきのアレ、嘘です」

その言葉を聞いた瞬間、馬鹿馬鹿しくなってひとりで大声で笑った。彼女はビビリな癖に虐めの現場に飛び込んでハッタリをかまして私を護ったのだ。大した子じゃないか。倉持の彼女は伊達じゃない、か。

「先輩が、笑った...」

「失礼ね、私だって笑うわよ」

「でも御幸くんの前でもあんまり笑わないって」

「御幸がふざけてるからでしょ。ゴメリンコとか最高に腹立つんだけど」

あまりの辛辣さにか彼女もクスクスと笑い始めた。私は口端を上げ、アンタもそうやって笑えるのねと笑うと、彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯く。私は立ち上がって彼女に手を差し出した。

「ありがとう、桃ちゃん」

「っ...はい!」


「栞那先輩!」

「桃ちゃん、これから購買行くんだけど一緒に行く?」

「はい!行きます!」

「...何であの二人仲良くなってんだ?つーか、桃ってあんな元気だったっけ?」

「まあ仲良いんだから別に良くね?てか先輩、俺の前じゃあんなに笑わねぇんだけど」


prev next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -