栞那と桃子
初めて会ったのは高校3年の夏だった。

「は、初めまして。九条桃子です...」

重たい印象の黒髪に長く伸びた前髪、それから真っ赤な眼鏡を掛けている。はっきり言って見た目は地味。それに前髪から覗く目はあちこちを見ている。人と話すのが苦手なのだろう。地味で人見知りで自分に自信が無さそうな子が何故私の前にいるのか。

「藍原先輩、コイツ俺の彼女っす」

倉持の彼女だそうだ。倉持は高島先生のような巨乳美人が好きだと思っていたが、この子の胸は随分となだらかに見える。本当に付き合っているのだろうか。この子が倉持に脅されてるんだろうか。何か訳有りなのだろうか。

「へえ、可愛い子じゃん。倉持の事よろしくね」

嘘だ。可愛いなんて思ってない。そんなこと少しも思ってない。だって、私には関係ないし。


「へえ、可愛い子じゃん。倉持の事よろしくね」

そう言った先輩の目は酷く冷たかった。思わず目を逸らすと倉持くんが心配そうに私に声をかけたが、その間に先輩は私たちに背を向けて去って行った。

藍原栞那。3年生の彼女は華道部の部長でもある。見た目は私と真逆で、綺麗に染められた金色の髪はすれ違う人の目を奪う。端整な顔立ちも相まって、多くの男子生徒から告白されているという。しかし女子生徒からの評判は悪く、「男好き」「金さえ払えばヤらせてくれる」と言った噂が流されているのだ。女子のグループにも入れず、男と一緒にいればまた陰口を叩かれる。それでも先輩は泣くわけでも怒るわけでもなく、ただひとりで無表情のまま孤立している。

先輩は野球部の3年生と仲が良かった。そして先輩に彼氏ができた。私と同じクラスの御幸くんだ。御幸くんは休み時間になると教室を去り、授業開始ギリギリに帰ってくる。倉持くんによれば、彼は毎時間藍原先輩の元へ行き、口説き落としていたのだという。

二人が付き合ったという噂は瞬く間に広がった。二人が付き合い、御幸くんに恋をしていた女子は皆が先輩を羨み、妬み恨んだ。もっと卑劣な噂が流れた。陰口も過激なものになっていった。そしてついに虐めも起こった。御幸くんはいつも険しい顔をしていた。倉持くんも同じ顔をしていた。御幸くんに取り入りたい女子がこんな事を言った。

「御幸くんに迷惑かける彼女なら、別れたほうがいいんじゃない?」

その瞬間、御幸くんは自分の机を蹴り飛ばして怒りを押し殺したような声で言った。

「迷惑をかけられた覚えなんかねぇ......先輩が何と言おうと俺は別れる気はない」

いつも飄々としている御幸くんが本気で怒っていた。その一件から徐々に御幸くんと先輩の周りは落ち着いていったという。それでも先輩は他の女子生徒とは上手くいっていないようだ。


「今日、倉持の彼女に会ったわ」

空き教室で行為をした後、互いに脱いだ制服を着こんでいる時にふと先ほどの事を思い出した。御幸は驚いたような顔をして私を見ていた。

「へえ、桃ちゃんに会ったんスか」

「桃ちゃん?」

「倉持と桃ちゃんと俺、同じクラスなんスよ」

ふうん、と興味無さそうに相槌を打てば、御幸は困ったように笑った。

「多分、倉持は桃ちゃんと仲良くして欲しかったんじゃないスかね」

「何であたしが、」

「桃ちゃん、あんまりクラスの女子と上手くいってないみたいで...ひとりでいることが多いんスよね」

何となく分かる。グループの中にいてもどこか疎外感を覚え、次第に会話に入れなくなっていく。それが怖くて自分から距離を置くと、気づけば自分の居場所は無くなっていった。女子生徒たちが教師の目を気にしてグループに入れてはくれるが、自分を除いての会話が目の前で行われ、結局どこにいても独りぼっち。ああ、あの子は過去の私と同じだ。

中学校のとき、ある時期から男子に告白されることが増えた。それに伴い、女子から陰口を叩かれるようになった。庇ってくれる子もいたが、気づけばその子たちも私から離れていった。そして高校と同時に髪を金色に染め、地元から遠く離れた青道高校に入学した。

それでもやっぱり同性には嫌われ、周囲には異性ばかりが集まるようになった。ひとりでいることを覚え、それなりに3年間を過ごして、そして御幸に出会った。野球部の3年も私と仲良くしてくれてる。でも、彼女には倉持しかいないのだ。少しだけ、ほんの少しだけ、彼女に同情した。


(あたしには御幸がいて、)

(私には倉持君がいて、)

(あたしと、)

(私は、)

((とても良く似ている。))


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