「夢吉ー、今日もいい天気だな」

「キキッ」

「よし、幸村のところへ行くか!」

「キーッ」


毎晩、元の世界での夢を見た。両親と旅行へ行ったこと、友達とご飯を食べたこと、恋をしたり勉強したこと、泣いたり笑ったこと。

そして、毎朝起きると必ず泣いているのだ。そのためいつも布団の中で涙を拭いてから起きる。

(今日も退屈な一日が始まる)

帰る手立ても無く、外の情報も入ってこない、私は何のためにここにいるのか分からなくなっていた。ひとつも声を発さない日も少なくなかった。

もう元の世界へ戻れないことを予感していたのは、この頃からだったのかもしれない。


昼餉に、と名も知らない真田の忍が持ってきた団子を縁側で頬張っていると、突然近くの茂みから小さな猿が飛び出してきた。

「キッ」

「わっ」

猿は私の膝に乗り、じっと私を見上げている。すると、今度は派手な格好をしたポニーテールの大柄な男が現れた。

「こんなことに家があったなんて知らなかったなー...お嬢さんは此処に住んでるの?」

「は、はい...あの、あなたは......?」

「俺は前田慶次!そっちは夢吉だ!」

「キキッ」

(前田慶次......確か前田利家の甥だっけ?)

朗らかな笑みを浮かべる彼に、悪い人では無さそうだと息を吐く。何分、人が滅多に訪れないため、久々に話す相手がいることが嬉しいのだ。

「私は雨宮奈月と申します」

「へぇー氏があるのか!もしかして何処かのお姫様とか?」

「えっと...」

どう説明して良いのか分からず言い逃れようとしていた矢先、目の前に影が現れた。

「風来坊、こんなとこに侵入してただで済むと思わないでよね」

「忍の兄さんじゃないか!てことは、この子は幸村とも何か関係があるのかい?」

突如現れた猿飛佐助にも驚かず、その上自分がワケありということにすぐに気が付いた慶次さんを、私は単純に凄いと思った。

「そんなことアンタに教えられる訳ないでしょ。さっさと帰って」

「えー俺幸村に会いに来たのにー茶くらい出してくれよー」

「なら尚更ここにいる必要ないでしょ。......アンタには後で話がある」

「......はい」

2人の会話をぼーっと聞いていたが、いきなり話を振られたことに驚きそそくさと部屋の中へ入った。


「......可愛い子だね」

「......」

「......俺が貰ってもいい?」

「だめ。あれは上田の、甲斐の物だ」

「物って...今時あんな戦も知らなさそうな娘をひとりで住ませるなんて、どっかの輩が侵入したらどうすんの」

(アンタもその輩だけどね......)

旦那なら城にいるから、と前田の風来坊を追い出したあと彼女の自室へ入る。正座をして待っていた彼女の前に座り込んだ。

「明日、此処を発って躑躅ヶ崎館に向かう。そこでお館様にアンタの素性を話してもらう」

「お館様って、武田信玄、様...ですか」

「そう、もし嘘なんかついたらすぐ殺すからね」

そう念を押してすっと消え去る。流れる景色を進むが、風来坊が来たときに見せた嬉しそうな顔が脳裏から消えない。

(俺様が行ってもまず視線を合わせないしね......)

もやもやを抱えたまま城へと戻る。俺様は忍だ、と言い聞かせながら。


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