拾捌

事件はいつも予期せぬ時に起きて。

平穏な日々が一転する。


幸村がお館様の遣いで忍を連れて越後へ行くというので、私は朝食を終えてから見送りに出た。

「奈月殿、某達はしばらく城を開けまするが、何かあれば才蔵に申し付けられよ」

「分かった。気を付けて」

「...それをあ奴にも申してくだされ」

幸村が溜め息を吐きながら視線を向けたのでそちらを見ると、彼の後ろで何故かそわそわとこちらの様子を伺う忍がいた。

(それ、って何。"気を付けて"ってこと?)

視線が合うと慌てたように目を逸らす忍を見て、私も幸村も黙り込んでしまった。非常に面倒臭くなったな、この人。

「貴方も、気を付けて行ってきてください」

「え!?...あ、あー、うん、俺様優秀だしね?ヘマはしないと思うけど、奈月ちゃんがそこまで言うなら用心しとくよ」

......早く出発してくれないかな。


幸村がいないので今日から八つ時は一人。団子はあの忍が作っておいてくれたのだろう。相変わらず美味しい。才蔵さんとやらは天井裏にいるようだ。(一緒に食べないか誘ったら長に怒られると言っていた。)何か脅されているのか心配である。

そんなことを考えていた矢先、一本の矢が私の頬を掠めた。

「奈月殿、奥へ!」

才蔵さんが天井裏から降りてきて、私を抱えて奥の部屋へと連れ込まれた。黒い服を身に纏った忍らしき人たちが次々と城に侵入してくるのが見える。真田忍隊が応戦している。次第に立ち込める鉄の香りに噎せかえりそうになる。奥の隠し部屋に連れられ隅に座ると、才蔵さんがクナイを構えた。

「見つけたよ、奈月くん」

扉が切り刻まれ、そこに立っていたのは白髪に紫の仮面を付けた男の人だった。

「初めまして。僕は竹中半兵衛だ。君を迎えに来たよ」

竹中半兵衛と名乗った男が手を差しのべるが、それを遮るように才蔵さんが前に立つ。優しそうな顔をしているが、どうしてだか、体が震え始めた。

(この人は危険だ……)

豊臣が現在力を持っているのは幸村に教えてもらっていたが、何故その参謀がここにいるのか。彼は私を迎えに来たと言っていた。なら目的は……。

「君の、その未来の知識を、是非豊臣のために使ってもらいたいんだ」

「………断ったら?」

「此処を落とす」

才蔵さんが攻撃を仕掛けるが、彼は鞭のような武器で軽く流してしまう。幸村とあの忍がいない今、此処の戦力が手薄になっている。この男は、どこかで私の噂を聞き、幸村たちが出掛けた隙を狙ったのか。

なら、私にできることは……。

「私が、そちらへ行ったら、此処から引いてくれますか………?」

男が笑う。頬の傷がチリチリと痛む。

「約束するよ、奈月くん」

そして歓迎しよう、と彼が呟いた瞬間、意識が薄れて行った。最後に思い浮かんだのは、あの夕焼け色の髪だった。


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