拾弐

暗雲。

「武田の隠し子ねえ......どんな奴か確かめさせてもらうぜ」

何かの前兆か否か。


『……もう、二度と私の前に現れないで』

あの時、確かに心が張り裂けそうになった自分がいた。

違う、そうじゃない、俺は君が......。

そう言いたかったけれど、彼女が初めて俺に目を合わせてくれて。

それが諦めたような目をしていたから。

「結局、前より悪化したな...」

今だけは、忍であることを少しだけ恨んだ。


慶次さんが帰りいつものように部屋に閉じこもっていると、何か叫び声が聞こえた。

「お待ちくだされ!そこは客人がっ」

「独眼竜、そこに入ったら殺すよ」

「小十郎、」

「はっ」

その後聞こえたのは刃の混じる音。そして、

「Ha!見つけたぜ...」

隻眼が弓なりに細められた。


上田城に乗り込ん...遊びに来たのは、独眼竜伊達政宗とその右目片倉小十郎。

私の噂を聞きつけてどんなものかわざわざ見に来たらしい。

「お前、本当に武田のおっさんの遠縁なのか?」

「はい」

「妙に肝が据わってるみてぇだが...名前は?」

「奈月です。すみませんね、面白味の無い女で」

素っ気なく言ったつもりだが、彼はニヤリと笑った。

「いや、十分面白いもんを持ってそうだ」

幸村は俯き、片倉さんは大きく溜め息を吐く。

でも、彼との出会いが、私に小さな希望を与えるなど、その時は思いもよらなかった。


不本意ながら数日間滞在することになった彼らは、この離れに来ることは滅多になかったが、

「で、アンタは何者だ?」

この青いお侍さんには気に入られてしまったようで。

「私はただの娘です」

たまーに、ここにやってきては質問をしてくる。

「何でただの娘が此処に閉じ込められてんだよ...それに、あの忍...本気で殺すつもりだったみてえだな」

小十郎がボヤいてたぜ、と笑う彼は私の秘密に気づいているのだろうか...?

「なあ、本当は違うんだろ?」

「何の事ですか」

「そうだな...例えば...南蛮でもねぇ、何処か遠いところから来た、とか?」

思わず息を呑んだ。

「Bingo、か」


それから、私の素性を聴かないまま政宗さんは度々此処を訪れた。

主な話の内容は私がこれからどうしていきたいかという事。

「...奈月、決心は着いたか」

「...はい」

私はただ、普通の生活に戻りたい、人間らしく在りたい、此処から逃げたいと、強く思ったのだ。

そう決心させるほど、私の心は疲弊していたのだ。


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