拾壱

慶次さんが来たその日からは地獄のような日々でした。

「ねえ、邪魔なんだけど」

「旦那に迷惑かけないでくれる?」

「穀潰しのくせにいい身分だよね」


「......」

前から嫌味ったらしかったが、ここ最近は聞くのも耐え難い。


「幸村、私何かしたっけ?」

恒例の八つ時に団子を食べている幸村に尋ねると、ごくりと飲み込んだ後何か考えているようだった。

「それは、某にも分かりませぬ......だが、常に飄々として他人に心の内を見せない佐助が、あのように感情を露わにするのも珍しいでござるな...」

(はあ...私に当たられてもな)

「佐助に問うてもはぐらすばかりで...佐助と何かあったか...いや、奈月殿は避けておられましたな」

そう言って幸村は苦笑したが、私はそれを聞いて目を伏せた。

「あのさ、それ、俺のせいかも...」

ひょっこりと現れたのは申し訳なさそうに笑う慶次さんだった。

「俺のせい、とは?」

「俺が余計なこと言ったから」

慶次さんが私を一瞥する。

「忍の兄さんが、何で奈月ちゃんを閉じ込めていたのかって事を「ねえ、変なこと言わないでくれる?」

すっと背中に寒気が走る。素人の私でも分かるほどの殺気。

思わず胸の前で手を握った。

「言っとくけど、"それ"は大将の遠縁の子だから預かってるだけ」

「っ佐助ぇ!それとはなんだ!」

幸村が怒鳴る。

「旦那は黙ってろ。旦那だって、穀潰しみたいな生活されて頭にこないの?」

「あんた!それは言いすぎだろ!」

慶次さんも怒っている。

「お館様の命令じゃなきゃ、こんなお荷物面倒みたくないね」

(あ、だめだ...)

ぎゅっと両手を握る。震える両足で何とか立ち上がり、そのまま自室へと走って行った。

「奈月ちゃん!」

「奈月殿!佐助、お前っ...」

呼び止める声を振り払って、走った。


自室に入った瞬間、膝から崩れ落ちた。

私だって来たくて此処に来たわけじゃないのに、何故そんなことを言われなくてはならないのか。

邪魔なら殺せばいいのに。

できることなら帰りたいのに。

色んな思いが溢れて、苦しい。

「奈月ちゃん、」

慶次さんが私の背を撫でる。

その手の温かさが優しくて、私は此処へ来て、初めて声を上げて、泣いた。


それから幸村と忍の間で何があったのかは知らない。ただ、忍の頬に青痣ができていたことから、恐らく殴られたのだろう。

(でも、此処で生きるためには、何を言われても耐えるって決めたんだ)

廊下を歩くと、忍が向こう側から歩いて来る。

私は初めて忍の目をしっかりと見つめた。

「貴方は私が相当邪魔みたいですね」

忍の目が見開かれる。

「なら何故殺さないんですか」

「......」

「ああ、お館様の遠縁ってことになってますもんね、私。じゃあ私から幸村に言って、お世話係を別の人に変えてもらいます。何てったって、私は穀潰しでお荷物ですし」

もうどうだっていい。

「……もう、二度と私の前に現れないで」

そんな、傷ついたような顔をする貴方のことなんか、どうだっていい。


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