躑躅ヶ崎館での生活を満喫した後、私たちは上田城に戻ることになった。

『奈月、甲斐はお主の故郷となろう』

出立する前、お館様に言われた言葉が脳裏をよぎる。此処にいてもいいんだ、そう思ったら嬉しくて泣きそうになったが、精一杯の笑顔でまた遊びにくることを約束した。

(本当は帰るのが一番いいけど、こちらの人と関わったら名残惜しくなるな......)

「......何ニヤニヤしてんの」

(コイツがいなければ......)

幸村が女に耐性があれば後ろに乗せてもらえたのだが、行きは「破廉恥!!!」と喚くし、帰りもやっぱり「奈月殿がう、後ろに......破廉恥!!!」と大騒ぎ。一人じゃ馬に乗れないので、結局行き帰りの移動は忍に…お姫様抱っこ、されてしまった。

手持無沙汰なので私を抱える忍を一瞥。

「何?」

「いや、何でおんぶじゃないんだろうって」

「首絞められたら困るから」

(しないわそんなこと......)

無駄話だったと溜め息を吐いて隣を走る幸村を見る。

「そういえば、お館様は歴史...ここじゃ未来か、何も聞かなかったね」

幸村は鋭く前を見据えていたが、こちらを見て嬉しそうに笑った。

「お館様は未来は自分で切り開くものだと。例え奈月殿の世界でお館様が天下を治められなくとも、こちらで天下統一を果たせば良い、そう仰ったのでござる」

「まっ、アンタは未来から来たんじゃなくて、異世界から来たみたいだしね。それでもその情報は貴重なんだ。どこにも流すなよ」

忍の声が低くなる。もし他の武将が私の存在を知ったら、きっと攫いに来るだろう。いつか映画で観たスパイを拷問するシーンを思い出して身体が震えた。

「分かってます。誰にも言うつもりはありません」

何故か、私を抱く腕の力が強くなったような気がした。


『珍しいのう』

『何です?急に』

あの子を客室まで送った後にお館様の部屋を訪れると、ポツリと楽しそうに呟いた。

『いつも飄々としているお前があんなに感情を出すとは思わなんだ』

『別に。俺様は仕事をしただけですよ』

『それでは何故傷ついた顔をしておったのだ』

胸がぎゅっと掴まれたような感覚がした。

『何言ってるんですか大将』

『奈月の世界にお前が存在しないと言われ、顔が強張っておったではないか』

『......』

『あのような事を言ってしまった奈月も奈月だが、お前もちと追い詰めすぎたようじゃな、佐助』


そう言って少し溜め息をついたお館様との会話を思い出していると、腕の中から視線を感じた。

(何でおんぶじゃないかって?そんなの後ろから襲われたらアンタが死んじゃ......)

そう言いかけて止めた。そんなのこの子を守りたいと思ってる風に聞こえてしまう。

結局いつものように嫌味を言うと、彼女は呆れたように溜め息を吐いた。

あの時傷ついてしまったなんて、彼女の世界に自分がいないなんて、信じたくなかった。

(忍が聞いて呆れるね......)

腕の中の彼女が小さく震えたので、反射的に強く抱きしめた。

もうすぐ上田城に着く。


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