MEDIUM | ナノ



Let me be honest



ウソップとは正反対ね、と仲間になって間も無い頃にナミに言われた。
この目の前に砕け散った高そうなティーカップを見つめながら、そんな事を思い出した。

「どうしよう...」



何か飲むものを求めにキッチンで居るであろう我らのコックさんの元へダイニングへ足を運んだ私だったが、彼の姿はそこには無かった。
仕方ない水で我慢するか、と棚からグラスを取り出そうとした所までは良かった。
私の身長よりも少し高い所にあるグラスに手を伸ばし、それを掴んだ拍子に肘が何かにぶつかったのを感じると同時にガシャン!と何かが割れる音が耳に入った。

恐る恐る床を見ると、サンジが女性クルーにお茶を出す時に使っているのであろう少し高そうなティーカップが無惨にもバラバラになっていた。
それを見た瞬間、私の全身から血の気が引くのを感じた。

混乱しながら割れた物を片付けないと、と目に入ったキッチンペーパーを取り広げるとそれの上に欠片を乗せていった。


「どうしようどうしよう...」

サンジの大切な、おまけに高そうなカップを割ってしまった事実にあの優しいサンジから蹴りを喰らわせられるのでは、という恐怖が私を襲う。


「殺される...痛っ、」

チクリ、と感じた右手の親指の先を見ると小さな切り傷から予想外に多い血が溢れてきた。とりあえず指先を口に含みながら左手だけで欠片を集める作業を再開し、集め終わるとそれをゴミ箱の中へそっと入れた。

シンクで未だに血が出てくる指を水で流し、ティッシュで傷口を抑えながら私はダイニングを後にした。




部屋に入り、以前にチョッパーから貰った絆創膏を親指に巻いていく。
溜め息をつきながら私の頭の中では何言い訳しようか、そればかりがグルグルと巡っていた。

「正直に話すなんて自殺行為だ...」

私は今まで何事にも正直に生きてきた。嘘をついたらお天道様から罰が下る、と信じて生きてきたから。小さい頃に初めて嘘をついた日は1日中罪悪感で支配され、次の日に階段で足を滑らせ骨折した。きっとこれは天罰だと、それから恐ろしくて嘘をつけない性分になってしまった。
そのせいで敵に何を考えているか見通されてしまう事もしばしば。その為かロビンから時には嘘も必要よ、と言われたことがある。

なのに今はどうしてすぐに彼の元へ行けないのか。
恐怖?何に対して?サンジに蹴られること?




「おい野郎共!!ちょっとキッチンに来やがれ!!今すぐにだ!!」

ぼんやりしている隙など私には無かった、と再認識させられるようにサンジの声が船中に響いた。声の荒々しさから彼がどの位怒っているかが思い知らされる。
私はあまり紅茶やコーヒーは口にしないが、サンジにとってはナミとロビンの為に買ったに違いない物を割られてしまったら、たまったもんじゃ無いだろう。

いても立っても居られなくなり、私は部屋を出るとダイニングへと向かった。







ダイニングの外にはナミとロビンが窓から中の様子を伺っていた。

「ねえ、どうしたの...?」
「あ、名無し。何やら誰かがサンジ君の大切にしてた食器を割ったみたいなのよ。それで相当怒ってるみたい。」

2人に声を掛けるとナミが振り返り、私の存在に気がつくと窓の外からダイニングの中を指さしながら説明をしてくれた。何でサンジが怒ってるのかなんて、私が1番知っていることなのに。

「そ、そうなんだ...」
「正直に言え。今なら一蹴りで許してやる。」
「え!?」
「サンジが今言った言葉。」

目を瞑りながら乱暴な口調になったロビンに驚くと、どうやら中に耳を咲かせて聞こえたサンジの台詞をそのまま口にしたらしい。

「どうせルフィかウソップあたりでしょ。」
「でも、全員本当に心当たり無いって顔ね。」

ナミの言葉にロビンが反応した。
全くもってその通りです、なんてここで言う勇気は私には持ち合わせていない。





バンッ───

「なんだよサンジの奴ー。」
「何でもかんでも俺らのせいにしやがってー。」
「ほっとけ、あんなクソコック。」

扉が開かれると男性クルーが不満そうな顔で文句を言いながら中から出てきた。
その姿に私の身体は冷や汗をかいてしまう。

男性クルーと入れ違うようにナミとロビンがダイニングの中へ入ると、私も俯きながらその後に続いた。





「サンジ君、犯人分かったの?」
「すまねえナミさん、騒がしくしちまって。まだ分からねえ、奴ら白状しねえんだ。」
「そう...」

ナミが項垂れるサンジに声をかけると、サンジは顔を上げ少し切なそうな顔をしながら言った。それを見た瞬間、心臓が握りしめられるような感じがした。


「まあナミさん達は気にしないでくれ。」
「...分かったわ。私達は干渉しない。」
「ああ。」

サンジの落ち込み様にナミは少し驚いた表情をした後、サンジの言う通りに従った。そして事の重大さをまた私は思い知らされる。

ナミとロビンがダイニングを後にする為扉に向かう中、私は目線を床に移したまま動けずに居た。





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