MEDIUM | ナノ



Let me be honest



「名無しちゃん?」

ハッとして顔を上げるとサンジの瞳が私を捉えていた。どうした?と優しい口調で問いかける彼に、私の視界がぼやけていく。
言わなきゃ、言わなきゃ、と頭では分かっているのに口に出来ない。

「具合でも悪いのか?」
「あ、いや...違うよ。」
「何か飲むか?」
「サンジ、あのね、」

ん?と尚も私を見つめるサンジの瞳が優しすぎて、それが私の心を締め付ける。

「な、何でもない...!」

居た堪れなくなった私は逃げるようにダイニングを飛び出した。





再び部屋に戻ろうとした刹那、手に違和感を感じ絆創膏が貼られた指を見ると思ったよりも出血が多かった様で血がはみ出していた。ちゃんと手当てしてもらうしか無いかな、と甲板でルフィと寝っ転がっているチョッパーに視線をやる。
チョッパー、と声を掛けようとしたが何故怪我をしたか聞かれたらどうしよう、という思考が先回りした。

私は何て卑怯なんだろう。
何て、臆病者なんだろう。
最低だ、と思いながら足は洗面所へ向かっていた。

水で血を洗い流すと、傷口は塞がっており血は止まっていた。今度こそ部屋に戻り新しい絆創膏を貼り直すとソファに腰掛けた。


「サンジ、ごめんなさい...」

本人の前で言うべき言葉は虚しく部屋に響くだけ。本当の事を言ったらサンジの事だ、蹴られる事は無いかもしれないが嫌われてしまうかもしれない。冷たい目で私を見るかも。
それを考えるだけで胸が苦しい。





「名無しちゃんって本当は嘘つきだったんだな。」

ごめんなさい、違うの。
本当は早く言わなきゃって思ってたの。

「嘘をつくレディは、嫌いだ。」

サンジっ、






「──!名無し起きなさい!」
「...っ、ナミ...?」

大丈夫?と私の顔を覗き込む心配そうな表情のナミの顔が視界に入った。
さっきのは夢だったんだ、と認識する。

「夜ご飯よ。来れそう?」
「うん、行く...」
「じゃあ行きましょ。」

そう言って扉に向かうナミの後ろを慌ててついて行った。





もしかしたらサンジと男性クルーがピリピリしているかと思ったがダイニングに入ると思ったよりも賑やかで、ホッとした。
席に着くとルフィの全員揃ったなー?と言う声を合図に皆でいただきまーす、と声を合わせた。
それでもサンジの様子が気になってしまい、キッチンに立つ彼の方を盗み見るがこちらに背を向けていて表情が分からない。どうしても先程見た夢を思い出してしまう。
食事を口にしながら、私の心臓は不安から速さを増していく。

こんなにも彼の事で頭がいっぱいになるのは初めてだ。





食後、クルーが各々の空になった食器を持ってサンジの元へと足を向かわせると、私は一番最後に立ち上がると心無しか手が震える気がした。


「サンジ...ご馳走さま。」
「ん、ありがとうな名無しちゃん。」

食器を受け取るサンジの顔はやっぱり優しくて、罪悪感は増す一方。そしてまたも夢を思い出してしまう。
その事に耐えきれず、私は勇気を振り絞った。

「ちょっと、話したい事があるんだけど...」
「え、俺にか?」
「うん。」

分かった、と返してくれるサンジにありがとう、とお礼を言うと再びテーブルの椅子に腰を下ろした。

今日は珍しく全員が食後すぐにダイニングから出ていく事に違和感を感じながらも私はサンジが洗い物をする音と自分の心臓の音を耳に切った指を絆創膏の上からさすった。





「名無しちゃん、お待たせ。」
「あ、」
「何だい?話したい事ってのは?」
「えっと、その...」

サンジの声に顔を上げると新しい煙草をワイシャツの胸ポケットから取り出しながら私の座っている席の反対側に立つサンジの姿。

正直に言わなきゃ。
あのカップを割ったのは、私だって。


「ティーカップを割ったのは、あの中には居ないと思うよ...」

何が正直に生きる、だ。
何がお天道様、だ。
割ったのは私、と言えない自分が情けない。



「名無しちゃん、何で割れたのが"ティーカップ"って知ってるんだ?」



頭が真っ白になった。
思わず立ち上がり、サンジに問いかける。

「え!?何でって、皆にそう言ったんじゃ...?」
「俺はアイツらに"食器"が割れてたって言ったんだが。」

しまった、割った犯人は私だと気づかれた。
もうここまで来たら正直に謝るしか無い、と思うと同時に絶望を感じた。


「サンジ、ごめんなさい...」
「名無しちゃん、」
「私が、割ったの。本当にごめんなさい。サンジの大切なカップ...」

正直に言えた事よりも、サンジに蹴られるかもという事よりも、サンジにどう思われたかという恐怖の方が胸に突き刺さる。


「...ああ、あれは確かに俺が大切にしてたティーカップだ。」

やっぱり、そうに決まってる。
ナミとロビンにお茶を入れている時のサンジは心から嬉しそうだな、といつも思っていた。それに使う物が大切じゃない訳が無い。


「ごめんなさい...」

立ち尽くして謝ることしか出来ない私の方へサンジが歩いてくる音が聞こえる。
蹴られるかも、と目を瞑り唇を噛み締めていると名無しちゃん、と名前を呼ばれる。
ゆっくりと瞼を開け、サンジの方へ視線を向けると優しい顔のサンジが私を見下ろしていた。


「サン、」
「何で俺があのカップを大切にしてたか、分かるかい?」
「それは、えっと、ナミとロビンにお茶を、」
「違えなあ。」

キッパリと否定するサンジに戸惑う。
じゃあやっぱり値段が高いから?
他の理由を絞り出そうと頑張ってもそれしか浮かばない。
サンジの視線を感じながら、んー...と考えているとククっ、と笑う声が聞こえた。




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