MEDIUM | ナノ



Let me wait until I die



繁華街ではいつもならだいたいは居る酔っ払いを狙うのだが、今日はなかなか千鳥足で歩いてる様な人物に遭遇する事は出来なかった。

まだ帰りたくない。別に私の帰りを待ってる人がいる訳でも無し。
気がつくと今日はそんな事ばかり考えている。きっとあの金髪の男のせいだ。

待っているのは家族か友達か、それとも…恋人?いや、あの口ぶりと態度からして恋人では無さそうな気がする。
なんでこんなにあの男の事で頭がいっぱいになってしまうのか。でももう会う事も無いであろう人物の事など考えていても仕方ない。

帰りたくないが私の帰る場所はあそこしか無い為、俯かせていた顔を上げて自然と店の方へ足を向かわせようとした時だった。




「おい、ちょっと聞きてえんだが。」

前方から歩いてきた腰に三本の刀を携えた緑髪の男に話しかけられた。
本当に私に話し掛けてるのか?と周りを見回してみるが近くには私とその男以外の人の姿が見当たらず、どうやら間違いでは無いようだった。
今日は個性強い人ばっかりと縁がある日だな、と思いながらも眉間にシワを寄せる緑髪の男性に向き合った。


「はい、何でしょうか…?」
「港の方に行きてえんだが、どっちの方向に行けば良いんだ?」
「港は貴方が歩いてきた方向の真逆ですよ。」
「あ!?通りで全然辿り着かねえ訳だ…!」

明らかに焦った表情をする男を見る限りこの島の住人では無いことは確かなのだが、何故か見覚えのある顔だった。しかし思い出せない。


「良ければ一緒に行きましょうか?」
「いや、それはさすがに悪い。大丈夫だ、世話になった。」

そう言いながら来た方向の真逆だと言ってるのに何故か裏道に入ろうとする男に困惑する。

「あ、あの!そっちじゃないですよ!」
「あ?こっちだろ。」
「いやあっちです。」
「ややこしいな…」

全然ややこしくないだろ、と心の中で突っ込みながら港のある方を指さしているとゴーンっ!という大きな音がすると同時に私の視界から緑髪の男が消えた。
いきなりの事で訳が分からなくなり動けなくなった私の耳に次は怒号が聞こえてきた。


「てめえ…!クソ方向音痴野郎!!!いつもいつも何でてめえは迷子になりやがるんだ!!ああ!?」
「っ、うるせえな!!おめえこそ何でここに居んだよ!!」
「ナミさんにてめえの事を探して来いと仰せつかったからに決まってんだろ!!そうでも無きゃ、てめえを迎えになんて来やしねえよ!!!」
「おいおい、お前ら少し静かにしろよ…あまり目立つと色々面倒になるだろうが〜。」


状況を理解しようと怒鳴り合う男2人とそれを宥める鼻の長い男を見ていると、緑髪の男を蹴飛ばした人物は今日2度目に目にする金髪の男だと気が付いた。
しかし昼間とは打って変わって言葉使いも声も荒々しい彼に本当に同一人物だろうか、と更に頭が混乱してしまう。


「ったくよ…ってあれ?」
「っ…!」
「君は、」

私の存在に気づいた金髪の男は目を丸くしてこちらを見つめてきた。早くここから離れなきゃ、と思っても足が動いてくれない。


「なんだ?ああナンパか…忙しい野郎だなお前は。」
「てめえは黙ってろ!!くそマリモ!卸すぞ!!…こんな所でどうしたんだ?1人で歩いてたら危ねえ。」
「えっと、…」
「サンジ、知り合いなのか?」
「ん?ああ、ちょっとな。良かったら家まで送らせてくれねえかな?レディを1人にさせちまうのは心配だ。」

この3人の関係性が良く分からない、と考えると同時に私が感じたこと。
まただ、この人はどういう思考をしているのか。自分の金を盗んだ女の心配をするだなんて、その上家まで送るだなんて。


「大丈夫です。」
「…いやダメだ、例え君が嫌だと言おうと送る。ウソップ、そのマリモ野郎を頼んだ。ナミさんにもすぐ戻るって伝えておいてくれ。」

何でそういう事は勝手に決めてしまうのか。
この男の真意が本当に理解出来ない。


「はあ…ナミに何言われても俺は知らねえからな!行くぞゾロー。」

金髪の男に対して呆れた様子の長鼻の男の後を緑髪の男がついて行き、港の方へと歩いて行く2人の姿がどんどん小さくなっていくのを私はその場から動くことが出来ず金髪の男と見送ることになってしまった。


「さてと…家までとは言わねえけどよ、せめて近くまで送らせてくれ。あと、」
「…?」
「名前、教えて貰えねえかな?」

2人の姿が見えなくなると金髪の男は振り返り私を見下ろしながらそう言った。
しかし私の中のこの男に対して疑心暗鬼になってしまった感情がそれを許さなかった。


「…名前なんて聞いてどうするんですか。」
「俺が知りてえと思ったから、じゃダメか?無理にとは言わねえが。」
「何で、何でですか!?私は貴方のお金を盗んだ人間ですよ!?そんな人間に対して何でそんな…そこまでするんですか!?何でそこまで知りたいと思うんですか!」

こんなに感情的になったのはいつ振りだろうか。両親が亡くなってから、私はこんなに大きな声を出したことがあっただろうか。
人通りは少ないが周りの目など気にする事無く、私はこの男に問いかけた。


「盗んだ?返してくれたろ?」
「っ、!貴方に言われなかったら返してなんか無いです!」
「それでも、君は俺にちゃんと金を返してくれた。本当に悪いヤツならあそこで返してなんてくれねえ。」
「そんな事、無いです。ただ、ただ私は…弱虫なだけです。」

捕まってしまうと思ったから。
そしたら本当に居場所が無くなってしまうと思ったから。
私はただの弱虫だから。


「弱虫なレディなら尚更1人になんてさせられねえ。名前は言いたくねえなら仕方ねえ、知りたかったけどな。」

ニッと煙草を咥えながら笑う金髪の男に私はまた呆気に取られてしまった。
そしてこの男への何と呼べば良いか分からない気持ちからだろうか、私は自然と落ち着いて口から声を発した。


「…名無しです。私の名前。」
「っ!素敵な名前だなあ〜!!教えてくれてクソ嬉しい〜!!」

最初は一瞬驚いたような表情をした後すぐに目をハートにしてクネクネと言う男を見て、私は何だか気が抜けた感覚になった。

ただのキザな軟派男かと思ったがそれとはまた違う女性に対しての紳士さや優しさが垣間見えて、もっとこの男のことを知りたいと思ってしまう自分が居る。


「じゃあ、私も聞いて良いですか?」
「ん?何だい?」
「お名前、貴方の。」
「ああ!申し遅れちまった!俺はサンジだ、以後お見知りおきを素敵なレディ。いや、名無しちゃん。」
「サンジ…さん。」

サンジ…どこかで聞いたような気がする。
先程の緑頭の男性もゾロとか言ったような、その名も聞いた事があった気がした。
昼間の茶番の様なやり取りでは無いが、今まで会っていたとしたら忘れるはずも無い。
デジャヴとかいうやつだろうか。


「サンジさんも、素敵なお名前です。」
「〜!!本当か〜!?照れるなあ〜!」
「ふっ、ふふふ。」

いちいち反応が大きいサンジさんに私は何だか可笑しくなってしまい、つい吹き出してしまった。
私はすぐにしまった、と思いながら恐る恐るサンジさんの顔を見上げると彼は何故か今度はハッキリと分かるぐらい驚いた表情をしていた。


「あっ…ごめんなさい。なんか可笑しくて、つい…」

何か変なことを言ってしまっただろうか、もしかして怒らせてしまったのかと思った私はすぐに謝罪の言葉を口にした。
しかしそれに対する彼の言葉はまたも私の予想を裏切るものだった。


「あー、いや…笑った顔、初めて見せてくれたと思ってよ。」
「え…」
「思った通り。名無しちゃんは笑顔がクソ可愛い女の子だな。」

笑った顔が可愛いだなんて、言われた事無かった。
幾ら笑顔を作って接客した所でその作り笑いは気分を下がるから辞めろ、と言われてきた。それから私は客を前にしても笑わなくなった。
自分でもこんなに自然と笑みが零れた事に、そして褒められた事に少し戸惑った。


「あの、サンジさん…」
「ん?」
「今日のこと…本当にすみませんでした。例え貴方には返したとしても、私は今まで何度も、」
「…俺にはどうしても君がただ自分の欲望の為にアレをやってるとは思えなかった。」
「どうしてっ、そう思うんですか…?」
「目を見れば分かる。レディに関しては特にな。」

そう言って煙草を口に咥え直しながら見下ろしてくるサンジさんの目が私の目を捕らえ、逸らせなくなってしまう。それと同時に鼓動が早くなる自分の心臓の音が身体全身に伝わって耳に響く。


「さ、帰ろうか。本当にこんな所女の子1人で居たら危ねえ。」
「私の帰る場所は…」
「どうした?」
「この街なんです。」

私の返答を聞いたサンジさんはどういう事なのか理解出来ないようだった。
この人間の欲望を満たす店が立ち並ぶ街が私の帰る所だということが。

しかしこうして改めて周りの店を見回してみると私の店はまだマシな方なのだと思ってしまう。それでもこの街にこんな優しい男性は居ないだろう。


「っ…!どの店だ!?」
「え、」
「どの店で働いてんだ!?名無しちゃん!何でこんな街で…!!」
「…大丈夫ですよ、恐らくですがサンジさんの想像しているようなお店では無いです。」

サンジさんの聞きたい事がいまいち分からなかったが、もう一度周りを見回してやっと言いたい事が分かった。
私が身体を売ってると思ったのだろう。
でも私は自分の身体を売るようなことはした事は今まで1度も無い。


「だから大丈夫です、サンジさん。1人で帰れま…っ、…」
「……?名無しちゃん?」


今私の目に入った物は見間違いだと思いたかった。これは夢かもしれないと。
だが、はっきりと決して夢ではないと分かっている。

私の視線が私達が立っている右側にある壁のサンジさんの後ろの方にいっている事に、彼もその視線を辿るように振り返った。

そこにあったのは満面の笑みを浮かべて麦わら帽子を被った男の手配書を囲むように貼られている何人かの手配書の中に先程の緑髪の男性の写真があった。
そしてその中には写真ではないが下手な絵で描かれているもののそこに示された名前は間違いなく、目の前に居る彼のものだった。





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