Let me wait until I die 「お前の代わりなんて幾らでも居るんだ。いつまで経っても慣れないなら辞めろって言ってるだろ。」 このセリフを店長から何回聞いたことか。 「…すみませんでした。次はちゃんします。」 そしてこのセリフも何回口にしたことだろうか。 では辞めさせて頂きます、と言えたならどんなに楽になるか。そんな事言える立場ならの話だが。 「はあ…今日はもう部屋に帰れ。」 「…はい、失礼します。」 呆れた顔の店長に頭を下げ更衣室へ戻ると纏っていた煌びやかな服を脱ぎ地味な私服へと着替える。 控え室に居る他の従業員にお先に失礼します、と声をかけながら店を出ると隣に建てられた寮へ足を早める。 質素な部屋に入り隅に置かれたこれまた質素ベッドに腰を下ろすと大きくため息をついた。 この仕事は私には向いてない。そんなの分かっているが、この店を辞めたらこの部屋からも出て行かなければならない。それは今の私には不可能だった。 ここは、とある島の繁華街にあるとあるクラブ。 私は小さい頃に両親を亡くし、父の知人だったこの店の店長に引き取られ思春期と呼ばれる時期には店で働かされていた。 こうして食事も寝床も与えてくださった店長の恩返しとばかりに最初は必死に接客をしていたが客からの明らかなセクハラに次第に嫌気が差し、更には他の従業員の女の子達にはコネで働かせて貰っている、と嫌がらせを受けることもあり辞めてしまいたい衝動に駆られる。 今となってはただ座ってお酒を注ぐだけの簡単な仕事をしてかろうじて働かせて貰っている状態だ。それでも客からのセクハラは止むことは無く目に見えてやる気の無い私に店長も最近は呆れきっているようだった。 そろそろクビになっても可笑しくないのに、こうして部屋に帰ってくると私は何のために生きてるのか分からない、そんな事ばかり考えてしまう。 「…消えたい。」 自然と口から出た感情が暗い部屋に吸い込まれるように感じる。 私は、生きている価値があるのだろうか。 シャワーも浴びる気力も無くそのままベッドの上で瞼を閉じるとそのまま眠りについた。 翌日は店の定休日の為必然的に休日となった。私は休みの日になると決まってやる事がある。 この人口が多い島でだからこそ出来る事なのかもしれない。だが、それは人として決してやってはいけない行為だった。 そう自分でも分かっているのに私は今日も多くの人で賑わっている昼間市場へと足を向かわせた。 「1000ベリーか…見た目は金持ちっぽかったのに。」 黒い財布から中に入っている1枚の紙幣を取り出すと空になったソレを裏路地に放り出し、再び市場へと向かった。 私がやっている事、それはスリ。 いつからだったか仕事終わりに呑んだくれ、酔った勢いでやってしまったのが始まりだった。 なんて事をしてしまったのだろう、と思うと同時に財布の中に入っていた札束を見て不思議な快感を得た。 私にだって出来る事があるんだ、と変な自信が生まれてしまったのだ。それからというものだいたいは昼間の人が多い市場で、夜は酔っ払いが彷徨く繁華街で行うのが習慣になった。 そしてもっと腕を上げればコレで生きていけるかも、あの店を出ていけるかもしれないと密かに思い始めていた。 私には止める意思も止めてくれる人も居ない。だから、仕方ないんだと自分に言い聞かせていた。 市場へと戻ってきた私は露店を眺めるフリをして、向かいから歩いてくる人々を観察し始めた。だいたいは上質な衣服を着用している人物を狙っていくが先程の様に見た目はそう見えても意外と持ち金は少ないというパターンは少なくない。 慎重に吟味していると向かいから人混みの中でもかなり目立つ金髪と煙草を吸いながら真っ黒なスーツを身に纏った男が目に入った。 「(あの男にするか…)」 数打ちゃ当たる、今度はもしかしたら大金を手に入れることが出来るかもしれない。 私は気づかれぬよう尚も露店を眺めるフリをし続け男との距離が近づいていくと掌に力を込めた。 今だ、と自然な動きで手を男の胸ポケットに忍ばせようとした瞬間、私の脇を小さな子供が元気いっぱいに駆け抜けて行った。 「わっ…!」 不意のことに驚き私は避けるつもりがよろけてしまい、そしてまさかの金髪の男と衝突してしまった。 しまった、と思った時には私は男の胸元に両手をついており、恐る恐る見上げるとポカンとした表情の男の顔がすぐ近くにあった。 「あ…す、すみません…」 冷静にならなければ、ととりあえず男に謝罪をしながら身体を離そうとしたのも束の間、その男は私の両手を手に取ってきた。 「(やばい、盗ろうとしたのバレた…?)」 落ち着け、と自分に言い聞かせながら問い詰められたらどう言い訳しようかと頭をフル回転させた。しかし男の口からは予想外の言葉が出てきた。 「俺がこの島降りたのは、こんな素敵なレディに会う為だったのか...!!」 「え、...」 「もうアイツらの食料なんてどうでも良い。君に出会えたこの奇跡に俺は胸が...!はち切れそうだ!」 何言ってんの、この人...と目がハートになっている男に呆気に取られてしまった。 しかしこれはチャンスかもしれない、と私はこの男の態度を逆手に取る作戦に出た。 「あの、前にもお会いしたことありますか?何だか初めて会った気がしなくて...」 「え!!?いやいや、君のような美しいレディに既に会っていたとしたら俺は忘れる訳が無え...!!」 「本当ですか?でも、確かに私も貴方のような素敵な男性にお会いしていたら忘れるはず無いです...」 「ズキューーーン!!!」 顔を真っ赤にして今にも倒れてしまいそうな男を見て私は心の中で嘲笑った。 男なんてちょっとその気にさせたらチョロいもんだ。それはあの店で学んだ事の1つ。 「あの、良かったら一緒にお茶でもしませんか?」 「ズキュキューーーーン!!な、なんて日なんだ今日は...ま、まさかお茶に誘われるとは...!!もう、死んでも良い...!!」 ヤバい奴だな、と思いつつどこかの店に入り酒を飲ませ酔い潰してしまえばそれで終わりだと思い男の返事を待った。 この態度で断られる訳が無いと、思っていた。 「はっ!!だが、すまねえお嬢さん...!俺にはやらなきゃならねえ使命があるんだ...!次会った時には、その時には絶対に...!」 嘘、まさかの断られた...と予想を次々と裏切ってくる男にここまで来たら引き下がれない、と私は勢い良く男の胸の中に飛び込んだ。 「分かりました、今回は諦めます。次に会った時は必ず、ですよ?約束してくださいね...?」 「ぐはーーーっ!!」 スーツからする煙草の匂いが鼻を掠めると同時に私は悶絶している男の胸ポケットに瞬時に手を入れると裸の札束の感触を手に感じるとそれを掴み自分のポケットにしまった。 「それじゃあ、また。」 何ベリー分の札束か分からないが、恐らくかなりの額を手にした私は男から身体を離すと踵を返し歩き出した。 「ちょっと待ってくれねえか?」 「っ、何ですか?」 「君が手にしたその金なんだが...悪いが返して貰えねえかな?」 「...何のことですか、?」 掛けられた声に振り返るとさっきまでのデレデレとした表示とは一転し、真っ直ぐな瞳でこちらを見る男は全てを見通しているようだった。それでも私は白を切り通した。 「俺の料理を待ってる奴らが居てよ、そいつらの為に食料を買わなきゃいけねえんだ。それにはそいつが要る。だから返して貰いてえんだが...」 確かにさっきも食料がどうだとか言っていたような...家族だろうか。この人の料理を待ってるというのは。 私は唇を噛み締めるしか無かった。多分このまま走って逃げたとしても、すぐにこの男に捕まってしまうという確信があったからだ。捕まってそれが店長にでも知られたらそれこそ終わりだ。 観念した私はポケットの中の札束を取り出すと男に差し出した。 「...ごめんなさい。」 「良いんだ、返してさえ貰えりゃ!ありがとうな。」 ありがとう...?何故この男は私にお礼を言っているのか?盗まれた金を返されて、それも盗んだ相手ににお礼を言う人間が居るだろうか。男の思考が分からず、それでいてだんだん自分が惨めになっていく気がした。 居た堪れなくなった私は何も言わずに早足でその場を後にした。 このむしゃくしゃした感情をどうにかしたい。その一心で来た酒場で私は酒を飲み続けた。 "俺の料理を待ってる奴らが居てな。そいつらの為に食料を買わなきゃいけねえんだ。" あの男の帰りを待ってくれている人達が居る。何故かそのことが頭の中を巡る。 見るからに女好きなのに、女からの誘いを断ってまで帰る場所がある。 羨ましい?あの男が?いや、あの男の帰りを待っている人達が? 調子が狂うな、と今日はこのまま帰ろうと思った矢先カウンターに座る私の後ろのテーブルに座る2人組の男達の会話が耳に入った。 「なあ知ってるか?あの麦わらの一味がこの島に来てるって噂。」 「本当か!?だとしたら...もし遭遇でもしたら、やべえじゃねえかよ!」 「噂だから分からねえが、今のところ何か被害に遭った奴は居ねえし大丈夫だろ。」 麦わらの一味...その名をこのグランドラインで知らない人は居ないだろう。 この島中にも手配書がそこら中に貼られている。満面の笑顔でその名の通り麦わら帽子を被った男の写真をもう何回目にしたことか。 あの笑顔で何人の人を殺めてきたのか。 海賊なんて大嫌いだ。 突っ伏した頭を預けた腕を覆う袖からあの男の煙草の匂いを微かに感じながら昨晩同様瞼を閉じると酒が入ってるせいか睡魔に襲われた。 「...さん、おい、お客さん。大丈夫か?」 「んー...、」 「飲みすぎじゃねえか?もう帰りな。」 「まだ飲み足りない…」 「今まで寝てたじゃねえか。まったく。」 「はいはい、帰りますよ。」 酒場の店主に起こされ、顔を上げると彼の呆れた表情を見ると私は不満を漏らしながらも店を出ることにした。どこか他の店で呑み直せばいいか、と勘定を済ませると手持ちの金が底をついてしまった。 今日はこのまま帰るつもりで居たが、外がもう暗くなっている事に気づいた私は店を後にするとネオンが輝く繁華街へと向かった。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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