Let me wait until I die 「サンジ、さんて…」 「あー、まあ追われる身ってやつだ。あの手配書は見られたく無かったけどな…」 「麦わらの、」 「ああ、ルフィの仲間だ。別に隠してたつもりは無かったんだが…ああ!でも海賊だからといって君を襲ったりはしねえよ?絶対にだ。」 そんな事分かっている。 今日1日の彼の態度を見れば。 だが、私はそんな彼が海賊だという事実を知ってしまった事に内心動揺してしまった。 「…じゃあ、私帰りますので。」 「え?ああ!そうだよな。だけどよ…やっぱりせめて店の前まで送らせて貰えねえかな?」 「結構です。」 そう言ってくれるサンジさんの目を見ることなく早足で彼の横を通り過ぎた瞬間、後ろから肩を掴まれた。 「…何ですか?」 「その態度からして君の考えている事はだいたい予想がつく。だが、信じて欲しい。君が海賊をどう思っているかは分からねが、俺らはそれぞれ夢を持って海賊をやってるって事を。」 「そうですか。」 「……君は海賊が嫌いか?」 尚も私の肩を掴む、というより包むように触れるサンジさんの手が少し強ばった気がした。 海賊が嫌いか?答えなんて決まってる。 「大嫌いです。」 そう答えた私は肩に触れているサンジさんの手を退かすと歩き出す為止めた足を動かし始める。数歩程歩いたところでまた私に問いかける声がした。 「どうして嫌いなのか教えてくれねえか?」 「…帰る場所を奪われたからです。」 「?それは、どういう、」 「両親を殺されたんです。」 今度は振り返り長身の彼を見上げその目をはっきりと見つめながら答えた。 私の答えを聞いた瞬間、その目は見開かれた。 「両親が殺されて、家もめちゃくちゃにされて。それで父の知人だった店の店長に引き取られたんです。だから私の帰る場所は…この街なんです。」 海賊が全員無意味に人を殺す事は無いと分かっている。それでも海賊という言葉は私に嫌悪感しか感じさせない。 感じさせないはずなのに、この男の傍から離れたいはずなのに。こんなにも胸が切なさで溢れるのは何故なのか。 「もういいですか?」 「…すまねえ。」 「別にサンジさんが謝る事じゃないです。むしろ貴方の様な優しい海賊も居る事も分かりましたし、ありがとうございます。……でも、もっと違う形で出会いたかったです。」 今度こそ店に戻ろうと足を踏み出そうとした瞬間、後ろから長い腕が伸びてきて私の腕を掴み、またも私の歩みを阻止した。 「離してください。」 「離さねえ。」 「…っ、たった1人の女に嫌われた位で何ですか?それに人の金を盗むような女ですよ?何か納得できない事でもあるんですか?」 「…自分でもよく分からねえが、今日1日ずっと君の事を考えてた。そんな君にまた会えたのによ。このまま、嫌われたままで居たくねえんだ。」 「なんで…!」 「何でだろうな。確実に分かるのは…この手を離したくねえって事だ。」 無茶苦茶だ。 今日初めて会った女なのに、自分のお金を盗んだ女なのに。何でこの人はこんなにも私に執着するのか。 相手は嫌いな海賊のはずなのに、なぜ私の心はこの男でこんなにもいっぱいになってしまっているのか。 「ああ、分かりました。」 「…?」 「私と寝たいんですね?良いですよ。でも、それなりの報酬は頂きますよ。」 「っ!!違え…!!」 「じゃあ他に何があるんですか?それ以外、考えられないです。」 この人に私をこんなにも引き止めるメリットなんて他に無い。 再び振り返り腕を掴んでいる大きな手を見ながら私は一瞬嫌悪感を抱いていたはずなのに、どうして。 この手を離して欲しくないと思ってしまうのは。 「名無しちゃん、何で泣いてるんだ?」 「え…?」 目線を動かすと溜まっていた涙が零れる感触に初めて自分が泣いているのだと認識した。 何で、泣いてるの私は。 両親を奪った嫌いな海賊と一緒に居るから? 優しいサンジさんが海賊だと知ってしまったから? あの店に帰りたくないから? この人と離れたくないから? 「分かんない、です。」 「……」 流れ始めた涙は止まるどころかどんどん溢れてきて拭っても拭っても袖が濡れる一方だった。そして私の腕を掴んでいた大きな手はそっと離れていってしまった。 もう仲間の元へ戻ってしまうのだろう、と思った瞬間だった。 昼に嗅いだ煙草の匂いが鼻を掠めると顔にワイシャツとネクタイの感触を感じる。そして私の背中は長い腕に優しく包まれていた。 「サンジ、さん、」 「違う形で出会いたかった、か…俺はあくまで夢を持ってこの海に出てきたんだ。」 「……?」 「だが海に出てきた意味は他にもあったみてえだな。本気で嫌だったら力ずくでも俺を突き放してくれ。けど、もし少しでも嫌じゃなかったら…もう少しだけこうさせてくれねえか?」 こんな感情を抱いてはいけない相手なのに。 どうして、こんなにも胸が高鳴ってしまうの。ずっとこうして居たいと思ってしまうの。 サンジさんの言葉に応えるように私は自分の両腕を彼の背中に恐る恐る回した。その瞬間、サンジさんの腕の力が増した気がした。 ずっと、離れないでいて欲しい。 「っ…もうダメです、サンジさん…」 「もっと、」 「え、?」 「もっと早くに君と出会ってたら、俺は海賊にならずに…いや、こんなこと今更言っても…っ!」 私はサンジさんの言葉を最後まで言わせまいと両手を伸ばし彼の肩に乗せ背伸びをし、そのまま自分の唇を彼の頬に押し付けた。 チュ、というリップ音の後ゆっくりと瞼を開けるとサンジさんは顔を真っ赤にして驚いていた。 「…海賊を恨んでいるのには変わりないです。でもサンジさんはサンジさんですもんね。さっきから自分に言い聞かせていたんです、相手は海賊なんだからって。でもこの気持ちはきっと、サンジさんを好きになってしまったから…せめてこの先も貴方を想い続ける事を許してください。この言葉に嘘は無いです、決して。」 「…!名無しちゃんっ…俺だってこのまま君と、」 「あははっ、またそんな事言って。ダメですよ、サンジさんはちゃんと夢を叶えてください。あと私もう盗みはしません。ちゃんと働いてお金を貯めて自分で帰る場所を作れるように頑張ります。でも、もしまた会えたらその時は…サンジさんの傍に居させてください。だから、だから何でも良いから貴方と出会えた証をくれませんか…?」 名残惜しくもサンジさんから身体を離すとその顔を見上げた。そして彼はまだ赤みを帯びた顔で少し考えたあと、首に巻かれたネクタイを緩めるとシュルシュルとそれを襟から外したソレを私に差し出した。 「こんなモンしか無くてすまねえ。」 「嬉しいです、わがまま言ってすみません…天国の両親に伝えておきます。私の初恋の人は海賊なんだって、海賊は悪い人だけじゃないんだよって。」 「そ、そりゃ、その、有難えな…」 「さよなら、じゃなくて…行ってらっしゃい、サンジさん。」 受け取ったネクタイを握りしめながらそろそろ別れを告げなければ、と思いながら口にした言葉を訂正した。 サンジさんは再び私を抱きしめ額にキスを落とすと耳元で囁いた。 「行ってくる……俺の未来のプリンセス。」 また会えるかだなんてそんな可能性は1%にも満たないだろう。でももしまた会える事があったら、その時は絶対にこの手を離しはしないと心の中で誓った。 奪われたこの心を返してもらえるその日まで。 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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