Clumsy my love bargain 「ちょ、ちょっと待ってくれねえか?名無しちゃんっ、」 「どうして…?」 「どうしてって、その、だな…」 「…なに?」 サンジが私との恋人同士としての記憶を失って2週間が経った。記憶自体は戻っては居ないものの改めてお互いの気持ちを再確認し合い晴れて恋人同士に戻った私達だったのだが。 「やっぱりサンジは、私の事、」 「違え…!!何回言わせる気だ?俺は名無しちゃんの事を、」 「分かってるって…ごめん。」 サンジにとっては私と付き合ってまだ十数日、やはり前のようには簡単に接する事が出来ないようだった。 しかし私からしてみればサンジと付き合って2ヶ月以上経っている。 口付けは勿論最後までの行為はまだしていないが、他の異性には決して触らせないような部分に触れ合う所まで行っていた。 もともとサンジはこう見えて結構というか、かなり女性に対しての免疫が無いのは分かりきっていたのに。私はもどかしさを感じていた。 記憶を失う前のように夕飯後アクアリウムバーで落ち合うと私の身体は自然とサンジを欲しており、ソファに並んで腰掛けると私の頭の高さにある彼の肩に凭れかかる。 そしてその口に咥えられた煙草を取り上げると愛おしい顔を見上げ、彼の唇に自身の唇を近づける。 だがサンジは顔を真っ赤にして私を制止する、その繰り返しだった。 そして私はやはりサンジは無理して私と恋人同士に戻ったのでは無いか、と彼に当たってしまうのだった。 「名無しちゃん、」 「これ、返すね…もう寝る。おやすみなさい。」 取り上げた煙草を返すとサンジが受け取ったのを確認し、私は彼の目を見ようともせずアクアリウムバーを後にした。 分かっている、前と同じように接する事は無理だと私自身がこの2週間で痛いほど実感してきた。でもやはり拒否されてしまうとサンジが記憶を失った日の夜を思い出してしまう。 あの時の胸の痛みを苦しみを。 「あら?今日も早いわねえ。」 「誰も行かないように監視してるのに。」 「……だからロビン、それって私とサンジの事も監視してるって事でしょ?」 とんでもない、とでも言いたそうなロビンに今更なに恥ずかしがってんのよ、と茶化してくるナミ。アクアリウムバーから女部屋に戻ると2人は決まって早く帰ってくる私をからかうのだ。 「もー!2人とも!私は真剣に悩んでるのー!」 「そう言われてもね…恋人同士に戻れたんだから。その後のことまで面倒見きれないわよ。」 「サンジが記憶を失う前彼と初めてキスしたのはいつなのかしら?」 「真顔でそんな質問しないでロビン!!」 しかし初めて彼と口付けを交したのはいつ頃だっただろうか。ロビンからの質問に少し考え込む。 確かあの時もサンジが緊張しすぎてなかなかキスまで行けなかった。だがその初めてのキスを交した後、彼は吹っ切れたように私に迫ってきたような。 またこんな事を思い出すと心臓が速さを増していってしまう。あの時のように出来れば、だなんて私はワガママで強情な女だ。 サンジの今の気持ちを考えようとしない、最低な女。 「焦りすぎなんじゃない?あんた。」 「焦ってる?私…」 「少なくとも私にはそう見えるけど。」 ナミの言葉に少し動揺する。 確かに私は少し焦っているのかもしれない。 最近サンジに詰め寄り過ぎている気がする。 「押してダメなら…」 「?ダメなら…?」 「引いてみるのも1つの手じゃないかしら?」 「引いてみる…?」 「ええ。」 ニコリ、と提案するロビンの言葉に少し考えた後私はだんだん顔が熱くなってくるのを感じた。 「ロビンやっぱり私達の事見てるんじゃんーー!!!私が押してるの何で知ってるのよーー!!」 「名無しアンタうるさいっ!!」 「ふふふっ。」 押してダメなら引いてみる、か…… ロビンの助言を私はそのまま実行してみる事を勝手に決意した。 「朝飯だぞーー!!」 愛しい人の声で起きれる幸せを今日も感じて私は目を覚ました。 既に起きてダイニングでコーヒーを飲んでいるであろう同室の2人の姿はもう無くなっており、私は顔を洗い着替えて1人で部屋を出た。 「おはようー。」 ダイニングに着くと船長と寝坊助の剣士を除いた他のクルーが席に着いておりおはよう、とそれぞれ挨拶を返してくれる。 私も席に着くとそれと同時に背後から腕が伸びてきて私の前にレモンティーが入ったカップが置かれた。 「おはよう、名無しちゃん。」 「おはよう、サンジ…ありがとう。」 「どういたしまして。」 昨晩の様な事があってもサンジはいつもこうして笑顔で優しく普通に接してくれる。そんな彼に私はいつも内心ホッとさせられる。 「(甘えてるなあ、私。)」 暖かいレモンティーを啜りながら目線だけをキッチンで作業するその背中に向け、見つめながらそう感じざる負えなかった。 朝食を食べ終えると私はすぐにダイニングを出た。2人の関係が戻ってから私はサンジとの距離を少しでも縮めたくて朝食の片付けを 手伝ったり、昼食の準備をする後ろ姿を見つめたりしていたのだが。 我ながら単純だな、と思いつつ"引いてみる"作戦を私なりに実行に移してみた。 「(本当は傍に居たいけど…。)」 芝生甲板にあるブランコに腰掛けながら空を見上げた。関係は戻ったのに、どうしてこんなにもあの人が遠く感じるのだろう。 今になっても時々考えてしまう。 もしサンジの記憶が戻ったなら、と。 「ほんと最低…私。」 その日の夕食後、入浴を済ませた私は1人女部屋に篭った。 今頃サンジは夕飯の後片付けをしているのだろう。そしてその後いつもの様に私と落ち合う為に私の大好きなレモンティー片手にきっとアクアリウムバーへ向かう。 そこでいつもはある私の姿が無かったら、彼はどうするのだろう。 私が来るまで待つ? それとも私を探しに来る? 今すぐにでも傍に行きたいけど、これはある意味私とサンジの関係を今一度確かめる方法なんだ。 「もう、寝よう…」 これが本当に正しい方法なのか幾ら考えても答えは出るはずも無い。 私は瞼を閉じると半ば強引に彼でいっぱいになった頭をシャットダウンさせた。 「朝飯だぞーー!!」 「……──っ!」 今日もまた彼の声で目を覚ます。 ばっ!と勢い良く身体を起こし、周りを見回すと昨日の朝と全く同じ光景で同室の2人の姿は既に無かった。 「…っ、寝すぎた…」 しまった、と思いながらベッドから降りると少し急ぎ気味に顔を洗い服を着替え扉のドアノブを握ったまま動きを止めた。 サンジは昨晩結局どうしたのだろうか。 ずっと待ってたのか、それとも…… 別に約束していた訳では無い。 サンジの記憶が無くなり、もう一度恋人同士になった際に決まり事等はあったのか、と聞かれ夜にアクアリウムバーで会うのが日課になっていたと伝えただけ。 そうだとしても後ろめたさをどうにかしたくて頭の中で昨晩の事を正当化する自分が本当に嫌になる。 重くなった扉を開け外に出ると眩しい日差しに目を細めながらダイニングへと歩き出した。 「おはよう、名無しちゃん。」 そう言う彼の表情は拍子抜けする程いつも通りで、つい先程まで気にしすぎていた自分が段々恥ずかしくなって来た。 部屋を出て重い足取りでダイニングに辿り着いた私はこれまた重い扉を開けるとクルーにおはようー、と挨拶されそれに返しながら席に着くと同時に頭上から愛しの彼の声が聞こえてきた。 恐る恐る振り返るといつもの優しい表情で私の前にレモンティーを置いてくれるサンジが居た。 「あ、ありがとう…サンジ。」 「どういたしまして。」 今度は虚しさだけが私の心を支配する。 自業自得でしか無いこの状況に鼻の奥がつん、としたが朝っぱらから泣いてやるもんか、とヤケ食いのようにパンを口に詰めこんだ。 「あっはははは!」 「…笑い事じゃないんですけどナミさん。」 「ごめんってば!でも何もそんなに落ち込む事ないじゃない。」 「落ち込むよ…そりゃ。」 朝食の食いっぷりが半端ない事に何かあったな、という確信を得るとみかんの収穫の手伝いを口実に呼び出され事情を聞かれた私はナミに大笑いされた。 「はあ、私は馬鹿だ…」 「まーたそんな辛気臭い顔して!アンタは一生サンジくんの事で悩んで生きていく訳!?」 「喜怒哀楽激しいね、ナミ…」 「アンタに言われたく無いわ!!」 手際良くみかんを収穫しながら怒るナミにすみません…と籠を抱きしめ謝るしか無かった。 一生サンジの事で悩んで生きていく…でもサンジは恋人である前に海賊としての仲間な訳で。そんな彼に心を奪われてしまったのが運の尽き。 「だいたい、アンタがどうしてそんなに不安がるのかが私には理解出来ないわ。」 「そりゃあ私だってナミみたいに美人でスタイルも良くて女性としての魅力があったらこんな不安にならないで済むよ。」 「いきなりそんな褒められても…みかんしかあげないわよ?」 「ありがとう、嬉しいです。」 サンジが記憶を失ったあの時も、私は自分の自信の無さから一歩を踏み出せずに右往左往していた。 はあ、とため息をつく私を見てジロリ、と此方を睨むナミに私は慌てて口に手を当てた。 「そんな目で見ないでよ…!」 「この際はっきり言うわ!私から言わせて貰うとアンタはサンジくんに、」 「んナミすわ〜ん!!お手伝い致しますよ〜!って、あ、名無しちゃんここに居たのか…」 「…はいどうぞ、ナミのお手伝いしてあげて。」 ナミが言葉を最後まで言う前に突然現れた私達が今まさに話していた人物はウキウキした様子から私を目にすると冷静になり、私はそれに少しムッとして持っていた籠をサンジに渡すとその場を離れた。 ( 恋の駆け引きは苦手なんだってば ) 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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