22 名無しちゃんは今何て言った? 俺と名無しちゃんが恋人同士? そりゃついさっきそういう関係になったばかりだけどよ、名無しちゃんが言いてえのは明らかにそういう意味じゃねえよな。 「3日前に大嵐が来た時、サンジ頭打って倒れたでしょ?」 「あ、ああ。」 「その頭を打ってしまった衝撃なんだと思う。私とサンジは2ヶ月から恋人同士なんだよ。何でかは分からないけど、サンジが記憶を無くしてしまったのはその事だけなの。」 2ヶ月前?なんでだ、どういう経緯で俺と名無しちゃんはそういう関係になったんだ? というより、何で俺はそんな大事な事だけを忘れちまったんだ? 周りのクルーを見回してみるとその顔からして名無しちゃんが言っている事は嘘ではないと分かる。 俺は立ち上がり壁に両手を付くと、頭を思い切り打ち付けた。 「サンジ君何してるの!?」 「おいサンジやめろって!」 「サンジ!」 ナミさんとウソップ、名無しちゃんの止める声を聞きながらも俺は何度も壁に頭を打ち付けた。 悔しい。名無しちゃんと恋人同士になった、たった2ヶ月かもしれねえがその間の事が知りたくて仕方ない。戻ってくれ、頼む。 「サンジ!私はそんな事させる為にこの話をしたんじゃないんだよ!?やめないなら、私は、サンジと付き合えない...!」 名無しちゃんの言葉に、俺は動きを止める。 もちろん記憶は戻る訳ねえし、俺の腕を掴む名無しちゃんはまた泣きだしそうな顔をしていた。 もう泣かせねえって言っておきながら、もうこんな顔させてるじゃねえか。本当にクソ野郎だな、俺は。 「血、出てる...医務室に戻ろう。」 「...っ、」 静まり返ったダイニングに、俺はさっきナミさんに迷惑はかけねえって言ったばかりだという事を思い出した。 「もう少しだけ、"話し合い"が必要みたいね。」 ニコ、と微笑みながら言うロビンちゃんに何も返事する事も出来ず俺はクルーに本当にすまねえ、と頭を下げる事しか出来なかった。 「ちょっと切れてるだけで良かった。」 こんな形で医務室に逆戻りする事になるとは。サンジをベッドに座らせて額に出来た傷を消毒する。 びっくりした。やはり言うべきでは無かったと後悔の念が押し寄せてくる。 サンジと再び両思いになれた事で舞い上がってしまった自分に真実を知ったらサンジがどう思うかもう一度よく考えなかった自分が最低に思えた。 「名無しちゃん。」 「...な、何?」 「すまねえ、本当に...すまねえ。」 黙って額の手当を受けていたサンジがいきなり言葉を発した事に驚くと同時に、その言葉に私はどんどん自己嫌悪に陥っていく。 真実を伝えたらサンジがどうなるか、どんな気持ちになるか、もう一度よく考えてから話すべきだった。 「サンジは何も悪くないよ...謝るのは私の方。ごめんね、本当に。元はと言えばサンジが頭をぶつけてしまったのも、あの嵐の中でサンジが私の元に来てくれようとしたからで...」 そう、あの時サンジは私の元へ駆け寄ってくれようとして、それで...あの時のサンジも王子様みたいで格好良かったな。なんて、こんな時に何を考えてるんだ私は、と心の中で突っ込む。 「だとしたら尚更カッコ悪すぎだな、俺は。」 「っ!そんなことない!サンジはいつも私の事考えてくれて、どんな時も優しくて、どんな時も格好良くて...!」 サンジの言葉にそれを全力で否定する為、私は立ち上がり何故か大きな声で熱弁してしまい、言ってから恥ずかしさが後から追い掛けてきて私はだんだん顔が熱くなってくるのが分かった。 しまった、と思いながらサンジを見ると目を丸くして少し驚いている様子で、そしてすぐに神妙な面持ちに変わり何か呟いた。 「...てくれねえか?」 「え?」 「教えてくれねえか?2ヶ月前どうやって俺と名無しちゃんは恋人同士になったのか。それからどうやって...過ごしてたのか。」 「ど、どうやって...?えっと、告白したのは私からで、...どうやって過ごしたかって、普通に2人きりになれた時だけ、その、恋人同士らしく...過ごした、よ?」 記憶を無くした期間の事を聞かれるとは思っていたが、それを話すのは結構恥ずかしいものだとサンジに聞かれて初めて分かった。 大まかに、というよりかなり大雑把に説明した私の顔をジッ見つめてくるサンジにドキドキしているとサンジも立ち上がり、私の両肩に優しく手を置いた。 「もっと詳しく聞かせてくれねえか?」 「え、詳しく...?」 「ああ...どういうシチュエーションで、どういう言葉で俺に気持ちを伝えてくれたのか。そして2人きりになれた時に何を、ど、どうやって、は、は、初めてのく、く、口付けは...」 後半につれて吃りが激しくなるサンジに違和感を覚え、サンジの目をよく見てみると瞳の奥にハートが見えた。 「そ、そ、それから、く、口付け以上の、その、」 「サンジ...何考えてるの?」 「え!?そんなの決まってるだろ!?俺はこの2ヶ月の事をただただ知りたくて.....!」 さっきまで真剣にサンジの心配をしていたのは何だったのかと思いながらはあ、とため息をついた。仕方ない、と私は上半身を少し屈めてサンジの耳元で囁いた。 「それはこれから少しずつ、実際に再現しながら知っていくのも良いと思わない?」 私がそれを言い終えると次の瞬間サンジの鼻から噴水のように鼻血が吹き出し、目は完全にハートの形になっていた。 やっぱりこうなるのか...と思いつつサンジをもう一度ベッドに座らせ、その横に座り彼の鼻にティッシュを詰めた。 「名無しちゃん、最後に1つだけ聞いてもいいか?」 「何?」 「君は、俺の恋人で居て幸せだったかい?」 いつの間にか目も通常に戻り鼻にはティッシュが詰められてるものの、いつもの格好良いサンジにそう聞かれると私の心はフワフワした感覚になった。 そんな質問の答えなんて決まっている。 「この2ヶ月間も、今も、そしてこれからも、私はサンジの恋人で居ることがとても幸せだよ。」 私の返事を聞いたサンジは私の右頬を左手で包むと、だんだん顔を近づけてきた。 それに応えるように私も少しずつ瞼を閉じていく。 しかし触れるかと思ったサンジのそれは私の唇には落ちてこず、彼はそのまま私を長い両腕で包み込むように抱きしめた。 「俺は本当に情けねえな、まだ心の準備が出来てねえみてえだ。代わりにもう少しこのままで居させてくれるか?」 「うん...」 キスの代わりのハグが、これほど幸せに感じられるなんて。 またサンジの記憶が無くなってしまおうと、私は何度でも彼に想いを伝えよう。 「大好きだよ、サンジ。」 ( これから築いていく、2人の新しい記憶 ) 前へ / 次へ [しおり/もどる] ×
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