LONG "Your memory, my memory." | ナノ



Clumsy my love bargain



駆け込むように入った女部屋のベッドに飛び込むと私は思い切り枕に顔を押し付けた。


"俺は名無しちゃんが好きだ!こんなに心奪われちまったのは名無しちゃん、君だけだ!だから名無しちゃんこれからずっと、死ぬまで君には俺の傍に居て欲しいんだよ!"


サンジに2度目の告白をした私に返ってきた彼からの言葉。もしかしてあれは無理して言っていたのかもしれない、とさえ思えてきてしまった。
サンジを信じたい気持ちと不安な気持ちが混ざり合って、更にナミに対してのあの態度が頭に浮かんで今頃嬉しそうに手伝っているのだろう、と朝は我慢出来た涙が枕に滲んでいくのを感じながら嗚咽が聞こえないように枕に顔を押し付ける力をより一層強めた。


そしてその日の晩も私はアクアリウムバーに一切寄り付くことはしなかった。






「アイツ、大丈夫か?」

サンジと距離を取り始めて4日目の朝食時、隣に座るウソップが私に問いかけてきた。
アイツとは誰の事かと思いながらウソップの視線を辿るとソレはキッチンの方に向けられていて、答えは一瞬で分かった。


「何が大丈夫か、なの?」
「お前…アイツの恋人の癖に冷てえなあ。ちゃんと見たか?サンジの顔を。」
「?」

冷てえなあ、という今の私に最も当てはまるウソップの言葉がグサリと心に突き刺さりながらも、あまり見ている事を当の本人に気づかれたくなく私はこっそりと視線をサンジの方へと向けた。
しかしこちらに背を向けている為に彼の顔が見たくても見えない。周りに聞こえないように小さな声でウソップに問いかける。

「サンジ、どんな顔してるの?」
「何で見ないんだよ!??顔色やべえぞ。あとあのクマだ…」
「クマ…?」

こっち振り返れ、と念じながら視線だけを尚もサンジに向けていると見事に体ごとテーブルの方へと振り返った彼の顔を見て私は持っていたスプーンを落としかけた。

ウソップの言う通り、顔色が悪く何よりクマがすごい。他のクルーに比べて睡眠時間が短い彼だがクマを作っている様なことは無かった。

もしかして体調悪いのかな、だとしたらチョッパーが真っ先に休むよう促すはず。
でもサンジの事だし大丈夫だ、とか言って無理してでもクルーの食事を作るに決まってる。

私はドクンと心臓が震えるのを感じ、この数日間どれだけ彼の顔をよく見ていなかったかを実感しながらただただ料理を運ぶ彼を見つめる事しか出来ずに居た。





「サンジ、」
「ん?おお名無しちゃん、ありがとうな。」
「…あの、」
「ん?どうした?」

朝食を済ませ空いた食器を彼の元へ運ぶ際、この数日はすぐにダイニングから出ていってしまっていたが今日はさすがに、というよりサンジの事が心配になりすぎて、でも自分から距離を取っておいて今更何て言葉をかけたら良いのか分からない。


「名無しちゃん?」
「っ、あの、」
「名無し!!」
「はい!?」

立ち尽くした私を心配そうに見つめるサンジに何か言わないと、と考えていると足元から突然私の名前を呼ぶ声が聞こえ驚きながら返事をしつつ視線を足元に落とすとチョッパーが私を見上げていた。

「チョッパー…どうしたの?」
「ちょっと話があるんだ。」
「あ、うん、分かった。」

トテトテと医務室の方へと歩いていくチョッパーのあとをついて行こうと思わず踏み出そうとした足を一度止め洗い物をしながら此方に不思議そうな視線を送るサンジに振り返りごめんね、と言い残し医務室へ向かった。





「チョッパー話ってなに?」

医務室の椅子に座るチョッパーにベッドに腰掛けながら早速問いかけると彼は神妙な顔で話はじめた。

「サンジの事なんだけどな、」
「え、サンジが…どうしたの?」
「今朝、顔色が悪いから診察するって言ってもそんなのしなくて大丈夫だって聞かなくて。」
「ああ…」

サンジの名前が出てきた事にギクリとしながらやはりそうだったのか、と納得すると更にチョッパーの口から予想外の言葉が発せられた。

「それでな、ナミが言うには、」
「うん?」
「名無しなら治せるって言うんだ。」
「……は?」

私が?なぜ?
むしろ今の私はサンジにとって最低の恋人でしか無いのに。

「どうにか出来ねえかな、名無し。」
「…分かったチョッパー、ちょっとナミに聞いてみる。」
「おう!頼んだぞ!」

キラキラした目で私を見つめるチョッパーにうん、と返事をし、とりあえずナミに話を聞いてみようと彼女を探しに医務室を出た。





「ナミ。」

測量室で机に向き合っている彼女に声をかけると何ー?と返事だけ返すナミに私はチョッパーに言われたことをそのまま話した。


「私なら治せるって、どういうこと?」
「…アンタ、ソレ本気で言ってるの?」
「え、」
「はあ…サンジくんの肩を持つ訳じゃないけど。どうしてサンジくんの顔色があんなに悪くてクマも酷くなったか、分からないの?」
「だって…だって最近夜会ってないし、むしろ寝る時間増える筈なのに、」

明らかに呆れたように話すナミに訳が分からなくなる私に彼女はため息をつきながらペンを置くとそのままギロ、とこちらを睨んだ。


「アンタがそんなに馬鹿だとは思わなかった。」
「っ、なんでよ!」
「サンジくんがこの3日間の晩どれだけ寝ずにアンタの事を待ってたと思ってんのよ!!」
「え…、」
「私から言うのは野暮だと思ったから言わなかったわ。だけどこの船のコックが倒れでもしたら名無し、アンタ責任取れるの?」

寝ずに待ってた?サンジが、私を…?
待っていたなら何故サンジは何も言ってくれなかったのか。ナミの言葉に何も言い返せない私は必死に頭の中で考えた。
今私がするべき事は何かを。


「ごめんなさい、ナミ…」
「謝る相手が違うでしょ?」
「っ…!うん、」
「まったく…早く睡眠取るようにサンジ君に言ってよね。分かった!?」
「分かった…ありがとう、ナミ。」

そう言うと同時に私は測量室を勢い良く飛び出した。そしてこんな最低な彼女を、私をずっと待っていてくれた彼の元へと駆け出した。





「サンジっ……!」

バン!とこれまた勢い良くダイニングの扉を開けると、そこには1人で珍しくテーブルに座りコーヒーを飲んでるサンジが目を見開いてこちらを見ていた。

「え、あれ、名無しちゃん…そんな慌ててどうかしたのか?」

優しく問いかけるサンジの声に視界がぼやける。堪らず私はすかさずサンジの元に駆け寄ると彼に抱きついた。


「ど、どうした?名無しちゃん?」
「サンジ、ごめんね…こんな彼女でごめん…」
「あ、あのよ、何があったかは聞くまでも無えが…名無しちゃんは俺にとって最高の恋人だって前から言ってるだろ?」

そう言ってサンジは大きな手で私の頭を撫でてくれ、それが更に私の涙腺を壊していく。


「ナミから聞いたの。この3日間夕飯の後、いつもの場所で私の事ずっと待っててくれてたって。」
「っ、!あ、あー、まあそれは…俺が勝手にしてた事だからよ。それに名無しちゃんが来ない理由に思い当たる節は幾らでもあったからな。」
「だけど、」
「名無しちゃんを待つこと自体俺にとっちゃ苦でも何でも無え。むしろこの3日間で俺は確かめる事が出来た。」

サンジの肩に押し付けた顔を上げると腰に腕を回されそのまま彼の膝の上に座らされた。向かい合う形になり、サンジの顔がすぐそこにあって恥ずかしくなりながら私は長い腕に纏われた袖を掴みながら問いかけた。


「確かめるって、何を?」
「好きな人をずっと待つってどんな気持ちなのかを、だ。」
「どうしてそんな事、」
「俺が記憶を無くしても、名無しちゃんは諦めずに待っててくれたんだろ?俺の事を。」
「…私はただ、サンジともう一度恋人同士になりたくて、」
「だから、今度は俺が名無しちゃんを待たなきゃいけねえと思ったんだよ。」

尚も私の頭を撫でるサンジの目が愛おしくて、その下に出来たクマを撫で返した。
そしてそのままコーヒーを飲んでた為か煙草が咥えられていない唇に自分の唇を押し付けた。
一瞬重なった唇を離すとサンジは驚いた表情をしていたが、その後すぐにもう一度角度を変え今度は啄むように彼から唇を重ねてきた。私はその感触を感じながら袖を掴む力を込めた。


「…ん、」
「名無しちゃん…止まらなくなっちまう、」

お互いの唇が触れるか触れないかの距離で静まり返ったダイニングに小さく響くサンジの声がよりセクシーに聞こえる。


「止めなくて、いいよ…」
「っ、それが怖えんだ…俺は。」
「え、」

このまま時が止まれば良いのに、と思いながらサンジの言葉に疑問を持つ。
サンジは、何を恐れているのか。

「何が怖いの…?」
「…記憶を失う前の俺と比べられちまうんじゃねえかって、よ。」

私の頭を撫でていた大きな手は頬へと降りてきて、その上から自身の手を重ねながらサンジの言葉の意味を少し考えたあと私は彼の優しさにまた泣きそうになった。


「比べる訳無いじゃん。記憶が無くなったって、サンジはサンジだもん。」
「だけどよ、名無しちゃん、」
「それにちっとも変わらないよ。2ヶ月前のサンジも、今のサンジも、こんなに私の事を思ってくれてるじゃない。」
「本当のこと言うとよ、名無しちゃんがアクアリウムバーに来なくなって…嫌われちまったかと思った。」
「だから嫌う訳無いじゃんって…むしろ、」
「…むしろ?」
「好きすぎて、どうにかなっちゃいそうなのに。」


引いてみる作戦は少し効果あったのかも、と思いながらもサンジに酷いことをしてしまった事を反省しながら結果的に私はこの人に敵わないんだと余計に思い知らされた。

思った事をそのまま口にしたものの、だんだん恥ずかしくなってきてしまい俯こうとしたが私の顔を包んでいた手がそれを許してくれなかった。


「そりゃ俺のセリフだ。」


そう言うとサンジは再びゆっくりと私に唇を押し付けてきた。
今度は少し深く、私の唇をこじ開けるようにサンジの舌が侵入してくる。

「ん…、…ぁ、サンジ…」

名残惜しそうにサンジは私の唇を解放すると今度は首の後ろに腕を回し私の肩に額を預けてきた。

「ダメだ…このままじゃ襲っちまう。」
「おそ…!?」
「今夜、ちと覚悟してて、くれ…」
「え、サンジ…」
「ぐー…」

サンジの言葉に顔が熱くなるのを感じながら耳に入ってきたのは彼の寝息だった。
私は動く事が出来ずこのままではダイニングに誰か入ってきてしまったらまずいと思いながらも、この幸せな瞬間を噛み締めた。


「あれ…?…っ、あーー!!サンジ!鼻血!すごい鼻血出てる!!」
「ぐー…」



( あともう少しだけ、このままで )



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