LONG "Your memory, my memory." | ナノ



20



私が言葉を放つとサンジの口からは何も発せられなかった。その代わりに、ため息のような音が聞こえた。


「ごめん、やっぱり答えなくていいよ...」
「......」
「もう少し横になってようかな。付き添っててくれてありがとうね、サンジ。」

自分でもどうしてまたそんな事聞いたのか、よく分からなった。ゆっくりと再びサンジの匂いが少しだけ残ったベッドに横になると涙が目尻から流れていくのが分かる。
サンジが出て行ったら思い切り泣けばいい。


私が横になり、サンジは歩き出したが部屋から出ていこうとはしなかった。
どうして出て行かないのだろう、と濡れた顔を拭いながらもう一度上半身を起こした時だった。


パチっ、と部屋の明かりがつけられた。


「やっぱり、泣いてたか。」
「...っ、何で、つけないでって言ったじゃん。」

電気のスイッチに手を当てながら片方の手をポケットに入れて立ち、私を見つめる片方しか出てない瞳から目が離せなかった。


「ルフィから聞いたんだが...俺に伝えたい事があるって、本当か?」

本当だよ。でも、貴方はそれを遮ったんじゃない。今更チャンスを与えられて、どうしたらいいの?

まるで時が止まったかのように、私は尚も真剣な顔をしたサンジの瞳から目が離せないでいた。
グッ、と下唇を噛み締めるとやっとその瞳から自分の手に視線を移した。


「本当だよ、でも...」
「でも...?」
「......」

何も言えない。言わなきゃいけないのに一度落胆した気持ちはそう簡単に奮い立たせることは出来なくて、どう伝えたら良いのか分からなくなってしまう。


「...俺も名無しちゃんに伝えたい事があるんだ。」
「なに...?」

サンジは私の言葉と同時に立っていた場所からこちらへ歩いてくると先程すわっていた椅子に腰掛けた。
何だか怖くてサンジの顔が見れないが視線を感じて胸が苦しくなる。


「もう泣かないでくれ...」

サンジが何を言ってるのか理解するのに時間がかかった。どういう意味で彼はそう言ってるのか、分からない。
確かに最近サンジの前で泣くこともあったが、それは迷惑になっていた?


「何でそんな事、サンジに言われなきゃいけないの?」
「...俺がそう思うからじゃ、ダメか?」

サンジのその言葉に私は完全に感情のコントロールが不能になった。


「サンジがそう思うから何!?全部我慢しろって!?好きな人に全てを忘れられて、その上伝えたい気持ちを聞いてもらえない今の状況を泣くんだったら一人で部屋に篭って泣いてろって事!?」
「っ、名無しちゃん、そういう意味じゃねえよ。それに、そりゃどういう...?」
「サンジはいいよ、忘れるだけ忘れて、それで何も感じなし、何も思うことなんて無いんだから...!忘れられた私は、どうしたらいいの...?」


もう、止まらなくなってしまった。言ってはいけないと分かっているのに、口が勝手に動いてしまう。
目を見開き驚く様子のサンジが憎く感じてしまう。分かっている、サンジが悪いんじゃない。サンジが忘れたくて忘れたんじゃ無いって事ぐらい、分かってる。

項垂れ、止まらない涙をサンジに見せまいと両腕で顔を覆うと後悔が押し寄せてきた。
何で、こんな事言ってしまったのだろう。


「もう、出てって...」

私の言葉にサンジの立ち上がる音が聞こえると、可愛げのない言葉しか言えなくなった自分に嫌気がさす。こんな時ごめんね、くらい言えればまだ可愛いのに。



しかし次の瞬間私の両腕を力強くでも優しく掴まれ、顔を上げるとサンジの顔がすぐ目の前にあった。


「名無しちゃん。」
「...離して...っ何で...っ!」

その力に勝てるはずも無いのに手を振りほどこうとする私にサンジは微動だにせず掴んだ腕を離さずに言葉を投げかけた。


「聞かせてくれ。」
「...何を、!」
「俺が何を忘れちまったのかを。」
「それは...っ...」


サンジはすまねえ、と私の腕から手を離すと椅子に座り直し私の顔をジッと見つめ続け、その視線から逃げるように私はまた俯いた。


「俺が何を忘れちまったんだ?名無しちゃんを?俺は君を忘れたりなんかしねえ...絶対にだ。君と出会った時からずっと、」
「分かってるよ、そんなの...」

分かってる、サンジは私の事を忘れたりなんかしてない。サンジが忘れてしまったのは、"サンジの恋人としての私"。
いきなりそんな事言われたって混乱するに決まってる。

でもねサンジ。私が今日伝えたかったのは、その事じゃないんだよ。



「名無しちゃん...」
「サンジ、私とサンジは...」

言っていいのか分からない。
それを言ってしまったら、私はサンジを苦しめてしまう。
もしサンジの気持ちが私から離れていってしまってるのならば、尚更。
だから私は、元に戻りたいなんて願わないから。私の気持ちを流してくれて良いから、聞いて欲しいだけだから。言わせて、お願い。

椅子に座り、上体をこちらに傾け膝に肘をつきながら組まれたサンジのその手を私は掴むと顔を上げた。


「...っ、...?」
「サンジお願い、最後まで聞いて。ただそれだけでいいの。あのね、私の好きな人は...サンジだよ。」



( また好きになって欲しいなんて言わないから )





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