LONG "Your memory, my memory." | ナノ



17



「名無しちゃん。」
「あ...」
「これで良かったか?」

私に差し出されたサンジの手にはレモンの輪切りが入ったレモンティー。


「うん、本当にありがとう。」
「どういたしまして。」

ベンチに置かれた荷物を端の方へやると、サンジは私の左隣に座った。意外と近くに座られた事に心臓が騒ぎ出す。
長い足を組みタバコを口元から離すと、コーヒーを含むその一連の仕草に見惚れてしまう。


「名無しちゃん。」
「うぇ!?な、なに...?」
「今朝ウソップが言ってた事だが...気にしないでくれな。あの野郎、たまに本当におかしな事言い出すからよ。」

突然話しかけられた事に驚き変な声が出てしまって恥ずかしいと思ったと同時に、朝ウソップが言っていたことを思いだす。


"何言ってんだよ、名無しと2人で出掛けるなんてお前らが付き合ったばっかり以来じゃねえのか?"


ウソップがおかしいんじゃない。
サンジが、貴方が忘れてるだけなんだよ。
でもサンジは私の好きな人は自分ではないと思ってるから、私に気を使って言ってくれてるんだろうな。

そんな彼に私は何でこんなことを口走ってしまったのだろうか。

「もし、もしさ。ウソップが言ってた事が本当になったら...どうする?」








「記憶喪失...!?」
「しかも厄介な事に、名無しと恋人同士って事だけね。」
「なんだそりゃ!でも、確かにあれからサンジと話が噛み合わない事が幾つかあったな...」

ナミはウソップ、ゾロ、フランキー、ブルックの4人をダイニングへ招集すると、サンジが頭を強打してからの事を説明した。
チョッパーはロビンに相手をしてもらい、席を外させた。
ウソップは驚きつつも、心当たりのある事があったらしい。


「それでサンジさんの様子がおかしかったんですねえ。」
「ウソップ、噛み合わないって例えば?」

ブルックも納得し、ナミはウソップに詳しく問い詰めた。


「俺はアイツらが恋仲になる結構前からサンジの奴に名無しの事で相談を受けてたんだ。あんな性分なのに女心に結構疎いからな。」
「それで...?」
「サンジが頭を打った以降、また相談を持ち掛けられたんだ。そろそろ気持ちを打ち明けた方が良いのか、他に好きな奴か居るらしいから諦めた方が良いのか、とか...まるで付き合う前に戻ったかのような口ぶりでよ。」

やはり記憶を失っても、サンジの気持ちは変わってなかった事にナミはウソップの話を聞きながら一安心した。


「嬢ちゃんはかなり辛いだろうな。恋人だったはずの奴がその事を忘れちまったなんてよ...ここん所明らかに目が死んでたのも納得だ。」
「名無しはサンジ君が記憶を失ってから、あの子なりに頑張ってるのよ。でも、それも今日終わらせるって言っていたから...」
「それってサンジとの関係を終わらせるってことか!?」

フランキーの同情の言葉に、ナミはそれでも名無しなりの努力をしてきた事を話した。
その終わらせる、という言葉にウソップが反応した。


「違うわよ!あの子の口振りじゃサンジ君にちゃんと気持ちを伝えるって事だと思う。じゃないと、私は納得しない。あの子のあんな顔、もう見たくない...」

ナミの言葉がダイニングに木霊すると、その場に居たクルーはきっとまた恋人同士として戻ってくる、と確信していた。







「本当に...なったら...?」

私とサンジは付き合っているって、本当だったらどう思う?貴方は、何を思う?

目を見開いて私を凝視するサンジの視線から目を離さないように見つめる。


「な、何言い出すんだ...名無しちゃん。」
「サンジ、あのね、私の好きな人なんだけどね、」
「名無しちゃん!」

らしくない大きな声を出すとサンジは私の方へ向き直った。その顔は切なく、悲しい顔をしていた。


「お願い、サンジ聞いて。私の好きな人は...」

右手にレモンティーを握りしめながら、左手でサンジの腕を軽く掴むと、私は気持ちを言葉にしようとした。


「名無しちゃん、それ以上は、言わないでくれ...!」

私のサンジの腕を掴んだ手から力が抜けていき、視界がぼやけていく。
もしかしてサンジは本当は私の気持ちを知っている...?
だから、私を振るのが嫌だから...女性を傷つけるのを最も嫌がる彼なら有り得る。
その優しさが今の私には辛すぎる。


「分かったよ、サンジ。ごめんね、本当に。」
「...名無しちゃん。」
「先に船に戻ってるね...」

もうサンジの顔を見れず顔を伏せたまま私は船の方へと歩き出した。気持ちを伝えるのって、こんなに難しかったっけ。
ねえサンジ、もうあの頃みたいには戻れないのかな。



涙が止まらない。周りの人の視線が突き刺さる。それでも私の涙腺は言うことを聞いてくれない。

路地に酒樽を見つけ、そこへ腰掛けると私は空を仰いだ。

覚悟決めたのに、どんな結果であろうと受け止めるって決めたのに。私の心はこんなにも脆いのか。



( 心はこんなにも叫んでいるのに )





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